『津波―暴威の歴史と防災の科学』国際語「Tunami」の歴史と減災を知る好著!

2024年4月22日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
作者: ジェイムズ・ゴフ,ウォルター・ダッドリー
出版社: みすず書房
発売日: 2023/10/4
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

「Tunami」は英語の辞書にも載っている数少ない日本語起源の国際語である。本書は津波に関する歴史的な逸話を、最先端の研究成果をもとに紹介した自然災害の啓発書である。

オックスフォード大学が一般市民向けに科学をわかりやすく説くシリーズの1冊で、津波はどのように起きるか、人間はどう対処してきたかについて分かりやすい図版を加えて丁寧に解説する。

著者はオーストラリアとハワイで長年津波の研究に携わった地球科学者で、津波の生存者への地道なインタビューも交えながら、津波防災の知恵を熱く説く。

2011年に起きた東日本大震災では太平洋沖で巨大な地震が発生し、海底が隆起して巨大な津波が東北地方を襲った。2万人近い犠牲者が出たため、一般の知識では津波被害は地震によって起きると言う常識がある。

確かに多くの巨大津波は海底地震によって引き起こされるが、一方で火山の噴火がそれを上まわる甚大災害を引き起こす事実はあまり知られていない。過去の歴史を振り返ると、大噴火が人類の文明を滅ぼしたことがある。

紀元前1600年頃、古代ギリシャのサントリーニ火山が噴火した際に発生した巨大津波が、クレタ島で栄えたミノア文明を滅ぼした。「噴火の初期段階で火山が崩壊し、大量の海水がマグマだまりへと流れ込んだ(中略) このケースでは波高60〜90メートルとも言われる巨大津波も生み出した」(本書、199ページ)。

この津波によってクレタ島だけではなく地中海東岸の全域が壊滅したのだが、一方で「津波はミノア文明に大打撃をもたらしたが、とどめを刺したわけではない」(201ページ)と述べる。

「それに追い討ちをかけたのが、世界的な気温の低下を引き起こした噴火の影響であり、数年間におよぶ同地域の寒冷で湿潤な夏期が、収穫量を激減させ、かつての偉大な民族の段階的な衰退を招いた」(202ページ)のである。

すなわち、 巨大津波による直接的な破壊の後、大噴火がもたらす地球規模の寒冷化がミノア文明の崩壊につながったのである(鎌田浩毅著『首都直下 南海トラフ地震に備えよ』SB新書を参照)。 ちなみに、火山学者は「地震は一つの地域を滅ぼすが、噴火は一つの文明を滅ぼす」とよく語るが、その現実がリアルに描写される。

本書で紹介される津波災害は、実は日本の近未来にも大きく関係する。巻末の解説では津波研究の第一人者でもあり『津波災害』(岩波新書)の著者河田恵昭教授による南海トラフ巨大地震の脅威が語られる。

すなわち、国の想定では犠牲者総数32万人の7割は津波によるので、2035年±5年頃に襲ってくる激甚災害の南海トラフ巨大地震を迎え撃つに当たり、本書で語られた事例は人ごとではない。

日本列島は2011年の東日本大震災によって「大地変動の時代」に突入してしまった。マグニチュード(M)9クラスの巨大地震が発生すると、地震の発生源(震源域)では大きな「余震」が20年以上も続くのである(鎌田浩毅著『京大人気講義 生き抜くための地震学』ちくま新書)。

よって、我が国では今後もM8クラスという巨大地震とそれに伴う津波を今後も警戒しなければならない。特に、防潮堤が破壊され地盤が沈下した沿岸部では、新たな被害が出る恐れがある。

具体的には、東日本大震災の震源域の南に当たる千葉県沖での地震が懸念されている。この海域では1677年にM8.0の延宝房総沖地震が太平洋プレートの上面で起きた。

大津波をともなって発生し400人を超える犠牲者が出たのだが、津波堆積物の調査から千葉県の太平洋岸に最大高さ8〜19メートルの津波が押し寄せたことが分かっている。

これとは別に、日本海溝の外側で「アウターライズ地震」と呼ばれる巨大地震の誘発も心配されている。1896年に起きた明治三陸沖地震(M8.2)の37年後には昭和三陸沖地震(M8.1)が発生し、津波によって3000人以上の犠牲者が出た。

評者が専門とする地球科学には「過去は未来を解く鍵」というフレーズがあるが、著者は人間と災害との関係について英国の宰相ウィンストン・チャーチル(1874〜1965)の言葉を引いてこう締めくくる。

「津波は過去に起きてきたし、これからもまちがいなく起きる(中略)歴史に学ばぬものは、必ず同じ過ちを繰り返す」(302ページ)。まさに至言である。

本書に活写された古今東西の事例から、海洋国日本では避けて通れない津波災害から生き延びる条件についてぜひ学んでいただきたい。事業継続計画(BCP)を含めて防災に関心を持つすべての読者に薦めたい。

作者: 河田 惠昭
出版社: 岩波書店; 増補版
発売日: 2018/2/21
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub
作者: 鎌田浩毅
出版社: SBクリエイティブ
発売日: 2024/4/28
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub
作者: 鎌田 浩毅
出版社: 筑摩書房
発売日: 2013/3/1
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub
決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!