自由への扉『「なぜ?」から始める現代アート』

2011年12月27日 印刷向け表示
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「なぜ?」から始める現代アート (NHK出版新書)

作者:長谷川 祐子
出版社:NHK出版
発売日:2011-11-08
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昨今の美術館は、どこも休日は大人気で鑑賞者で一杯だ。都内の根津美術館などは平日でも込み合っているし、伊藤若冲の展示を観るため東京国立博物館まで足を運んだ事もあったが、最終日という事で館内は満杯で鑑賞どころではなかった。そんな経験から、晴耕雨読ではないが人の少ない雨の日を狙って、美術館に行く事に決めた。入場すれば白い壁に囲まれ、天井の高い部屋に入り、日常と切り離された空間でアートを堪能できる。現実社会のしがらみやタイムスケジュールから開放される豊かで自由なひとときだ。

以前、絵画を鑑賞するガイドとして『名画の言い分』を紹介したが、周囲の反響は良好だった。その時に感じたのは、誰でも心の奥底にアートを理解したい衝動があるという事だ。しかし同時に、現代アートの手引書はないかと探してみたくもなった。

現代アートとは何か。「よくわからないけど、友人に誘われて美術館を観にいったら、なんだか面白かった」というのが現代アートの特徴だろう。1950年代以降、アートの表現は一気に多様化し、視覚以外の身体感覚にまで表現の幅は広がっていった。それはパフォーマンスやダンス、音楽、環境なども含まれている。中には火もあれば水もあり、本書で紹介されている爆発をモチーフとして扱う場合もあり、表現方法は本当に自由だ。

私達はそれらの作品を観て「なぜ?」と考える。著者は東京都現代美術館(MOT)のチーフ・キュレーター長谷川裕子。彼女は作品の見方として「ただ、よくわからないけれど、なぜか惹かれる作品があり、面白い」から一歩さらに奥に進み、その「なぜか」を探求すれば、アートはもっと身近で面白くなるだろうと語っている。

かつてアートは絵画を見るように「視覚体験」が主であった。それが今は思考や情報は、映画やテレビの媒体を通じて複合的な視覚体験として伝わってくる。それら情報過多のサウンドやストーリーなど視覚体験は私達の感覚をマヒさせる。あまりに多くのメディアが、わかり易く情報を与えすぎるのだ。その結果、「なぜ?」と考える機会が減少してしまった。そうした状況に抵抗し、アートこそが再び「なぜ?」の発生をうながすことのできる存在だと筆者は伝えている。

例えば科学者でもあり、光と空間をテーマとする作品を発表するジェームズ・タレルも「アーティストとは、答えを示す人ではなく、問いを発する人」と言い放つ。

花火や爆発を表現手段とする蔡國強などはタオイズム思想をもって、破壊、暴力が美となる矛盾を受け止め、作品として昇華している。彼は以前、爆発ののろしで万里の長城を1万メートル延長した事があった。それは大気圏外からも視認できる大型人工物であり、地球外生命に対してのプロジェクトだそうだ。

ちなみにアートを展示する白くてニュートラルな空間は「ホワイトキューブ」と呼ばれている。1929年に開館したニューヨーク近代美術館(MOMA)から世界中に広まった。あるイギリス人が訪れた際の感想は「月面にきたようだ」と語ったそうだ。それまではヴィクトリア朝風の装飾的な空間しか観た事がなかったので、異世界にタイムトリップした印象を受けたそうだ。

印象的な著者の言葉がある。「臨床心理学で行われる箱庭療法とか塗り絵が、心に傷のある人々にとってどれほど効果的が、ご存知の方も多いでしょう。人は、意味や合理性のある行為だけではストレスがたまるため、遊びの行為、無駄な行為、自分自身の表現につながる手遊びみたいな事、例えば編み物のような事をする事でバランスをとっています」。

本書はやさしい語り口調で、深い「なぜ?」への回答が多く掲載されているが、同時に深く思考するための手引書でもあった。紹介されている作家は、今最も注目すべきアーティスト達なので、作品を通じ「なぜ?」をいろいろ考えてほしい。それらを紐解いていくことで、自身の内にある疑問点もひとつひとつ解決され、自由への道が開けるはずだ。

※私もなぜ?を深く思案した結果、アートは人を救うと手段があると信じ、岩手県大槌町の被災地ボランティアで似顔絵を描いてきた。アルバムも写真も流されてしまった元海女は、強張った表情が少しだけ緩んだ。

Fuzuki Arai

(c)Fuzuki Arai

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布の記憶 江戸から昭和―受け継がれる用美

作者:森田直
出版社:青幻舎
発売日:2011-12-10
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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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