オフセットなど印刷技術が発達したおかげで、今ではポスター・チラシ・名刺など業者に発注すれば美しく仕上がる。ところが、この流れとは全く逆に進むやり方があった。
大阪にある印刷会社「レトロ印刷JAM」が提案するレトロな風合いを可能とする「レトロ印刷」。この印刷方式だと色落ちはする、裏面には透ける、精密な写真の描写もできないなど多くの制限があるのだが、その代わり一枚とて同じ仕上りのない味わいあるオリジナル印刷ができる。
本書はレトロ印刷で仕上げた名刺・フライヤー・トランプなど作品例166点を紹介している。味わい深い色使いは眺めていてほっこり和むし、なにより「印刷って楽しいな」と思えてくる。途中に挟まれているニシワキタダシ氏のコミカルなイラストも雰囲気が最高にハマっており、ちょいと登場するおじさんも可愛らしい。
レトロ印刷の原理は孔版印刷機(リソグラフ)を使った簡易印刷だ。よく目にする雑誌やポスターなどフルカラーの印刷物は、水と油の反発を利用したオフセット印刷である(結構高い)。対して孔版印刷はスクリーン状の版に細かい穴を開け、そこからインクを紙に押し出す技法。新聞折込のチラシや学校で配られるプリントにも使われ、若干ズレる。ガリ版と呼ばれる「謄写版印刷」や、Tシャツなどの印刷に使われている「シルクスクリーン」、プリントゴッコ(R)も同じ原理なので、使用した方もいるだろう。
実は、HONZもレトロ印刷をすでに使用していた。2012年のHONZ集大成である『ノンコレ』はおかげさまで重版を重ねることができ、12月は出版記念パーティーを開催することができた。その際、ご来場いただいた方々にお配りした挨拶状はレトロ印刷なのである。A5サイズ厚紙を二つ折りした1色の発注。紙はいろいろ選べたが、色はHONZカラーのくず紙(レンガ)を使用したいので薄茶色とした。ちなみにHONZ足立真穂の案である。レイアウトは私である。流麗な四文字熟語から「なんちゃって」という結びが印象的だった代表の挨拶文はヒラギノ明朝を使用したが、正統派フォントと味のある紙とでよい対比になった。
出来上がった印象としては、細かく対応いただいた上、かつ安かったので大満足である。本書のサンプルにもあるが、ツヤプリと呼ばれる加工は絵画でいうマチエールのように面白い表情が出てくるので、いろいろ試したくなった。少ないロットでも試し刷りサービスがあるので、入稿は安心だ。ただ判(色)ごとにデータが必要なってくるので、お忘れなく。
なぜレトロ印刷が始まったのか。代表の山川氏の言葉がある。
“僕らが印刷屋をはじめたころは、スピード印刷の価格競争真っ只中、不動産屋や量販店のチラシをとにかく早く、安く、大量に印刷することが求められていた。それに疑問を感じていたんです。
”
そんな中、偶然あえて孔判印刷機を使用したいクリエイターがいたそうだ。それは2色だけのリクエストで、完成品には味わい深いと懐かしさがあった。そこで代表とスタッフは閃いたらしい。人と逆をいくアイデアの勝利だろう。またスタッフからのアイデアから生まれたハシメモという商品がある。これは断裁作業で余った紙の端をまとめ、パッケージしたメモ帳セットだ。断裁の余り紙はその時々で違うため、どんな紙のハシメモが入っているかはお楽しみで、1個100円というお手軽な価格からか、印刷所の2Fギャラリーでは毎日売れるほどの人気らしい。
実際の発注はネットで申込みできるという手軽さと、安価で味のある印刷物が制作できることでレトロ印刷は人気を集めている。本書は紙ものカタログとしてはもちろん、レトロ印刷の仕組みや入稿手順、コピーして実際に使用できる入稿テンプレートも収録されているので、初めての人でも安心だ。
さらに雑貨アイテムを作成するためのヒント集や、自分で企画考案した商品を委託・買取販売する方法も掲載されている。だがイラストのおかげで、掛け率など解りづらい内容も理解しやすい。そして実際に人気クリエイターが印刷したポストカード4枚とインク色見本も付属する。加えてレトロ印刷後も対応できる印刷・加工会社リストまであるので、編集者やデザイナーなど印刷上級者も満足いく内容だ。
たくさんのレトロな発見とヒントが詰まっていて、かすれたり、滲んでいても愛らしく思えてくる。どんな印刷をしてみようか、と迷うのが楽しくなる一冊。
レトロ印刷http://jam-p.com/
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これまで目が向けられていなかったクラフト紙、不織布、合成紙、緩衝材などが実はさまざまな印刷物に使うことができる。この号は珍しくておもしろい効果が得られる大特集。
データ素材では特にオススメ。イメージしたデザインを効果的に印刷/加工表現するヒントがたっぷり。JPEG、PNG形式に対応。