著者インタビュー『生命のからくり』中屋敷 均氏 

2014年6月21日 印刷向け表示
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新たなる「からくり」を生み出した人類

中屋敷 かつてカール・エドワード・セーガンという人が 『エデンの恐竜』という本の中で述べているのですが、人間が持つ情報というのは、大きくDNA上にある遺伝情報と脳を介して認識される「脳情報」に大別されるとしました。本書では、「生命」というものを情報が発展・展開する現象と捉えていると言いましたが、それは「遺伝情報」の発展様式と言えると思います。ただ、実は「脳情報」の方にも情報の保持と変革を繰り返し発展するという同じ様式というか、性質があるのではないかと思っています。その部分を六章に書きました。これは、有名なリチャード・ドーキンスが提唱した、ミームという概念とも共通している部分があると思います。

―なんとなく、面白そうですが、もう少し具体的に説明して頂けないですか?

中屋敷 純粋に理屈の上で考えて頂ければ良いのですが、物事が発展していく上で大切なことというのは、やはりそれまでに得られた知見から学ぶことですよね。科学の理論でも車の作り方でも何でも良いのですが、これまで多くの人が色んなことをやって失敗したり成功したりして得られた知識がきちんと蓄積されていて、その基礎の上から新しいことを始める。これは何をするにしても大切なことだと思います。有用情報の蓄積、というのは生命の発展に限らず、科学や芸術やその他人間社会のもろもろもの事象の発展に必須です。

しかし、過去の真似をしているだけでは、進歩がないのもまた事実です。過去の蓄積を元に新しいチャレンジをしていく。つまり進歩のためには、その蓄積された情報の変革をしていく必要がある訳です。「情報の保存と変革」です。

これらは非常に常識的な話なのですが、これが何かの事象が発展・展開していく上で、必須の理(ことわり)のようになっているのではないか、すなわち発展・展開していく「生命という現象」にも、そして脳情報を発展させている科学や人間社会にも共通して存在しているのではないか、ということです。人間社会の発展の方は、なんとなく想像がつくと思いますが、生命においても、そのようなことを「自動的に」出来る物質的な「からくり」があるのだと思います。それが出来た時が生命誕生の瞬間なのだ、というのが、繰り返しになりますが、本書のロジックになっています。

-スケールの大きな話ですね。コロンブスの卵、みたいですが、そう言われてみれば、確かにそういう気もします。少し話が変わりますが、本書はいわゆるオーソドックスな科学書にはない記述スタイルです。なぜこのようなスタイルを採用されたのですか?

中屋敷 う~ん、特に明確な理由はないですが、趣味の問題でしょうか(笑)。私の趣味として、単に論理的に話を展開していくというだけでなく、それに付随するイメージのようなものを読者の方に伝えたいという思いが強かったということになるのでしょうか。現代新書のような一般向けの本を書くのが初めてで、書き方が分からなかったというのも、実際の所ですが(笑)。結果的に、生物学の専門家だけでなく、より多くの人にとっつき易い本になったのは、怪我の功名です。

あと、これも関連しているのか、無関係なのか分かりませんが、最先端の物理学の素粒子論が、「色即是空」の世界観と符合するというような話がありますよね。昔から人間は、この世界とは何だろう、生命とは何だろう、この世を支配している法則とは何だ、みたいなことを物凄い時間をかけて一生懸命考えてきた訳です。現代の我々は、遥かに進んだ科学を学んでいるので、そういった迷信みたいな考え方より、世界をより正確に把握している、そういう風に思いがちです。でも、本当にそうなのかな?というような思いが私にはどこかにあります。もちろん分子レベルの細かな知識は、古い時代とは比較にならないくらい豊富になっていますが、そういった細かな知識を通して明らかになる全体像みたいなものは、古人が構築した世界観の中にも「有用情報の蓄積」があるのだと思っています。本書の中にも中国の陰陽太極図が出てきますが、そういった東洋的な二元論の影響は大きく受けていると思っています。

―もっと早くお尋ねすべきだったかも知れませんが、中屋敷先生のご専門と本書執筆にいたる経緯を教えてください。

中屋敷 私の研究生活は、学生の時に扱った植物ウイルスから始まっています。植物病理学という学問領域です。現在は、いもち病菌という真菌を材料にトランスポゾンの研究を中心課題としています。トランスポゾンも結構、ウイルスに近いので、大きなくくりで言えば、ウイルスの専門家と思って頂いて良いかも知れません。

本書の執筆動機の一つは、やはり学生の頃から抱いていた「どうしてウイルスが非生物として扱われるのだ!」という義憤(笑)でしょうか。ウイルスの専門家は、まぁ、人にもよるのでしょうが、ウイルスを「生き物」だと思っている人が多いように思っています。それはウイルスを身近で感じている人間の「体感」のようなものです。

ウイルスが持たない細胞膜に包まれた細胞構造は、確かに「生物」にとっては重要な特徴ですが、本書ではそれを「環境」の一種に過ぎないと捉えているのが特徴だと言って良いと思います。どんな「生命」現象も、それを支える物質的な基盤である「生命のからくり」を内在していますが、その動作というのは、基本的に「環境」に依存しています。たぶん例外はありません。「生命」というのは、自律的に動くものだというようなイメージがありますが、それは幻想で、実はどんな「生命」現象もその動作を可能とする「環境」がなければ、成立しません。こういった考え方が受け入れられるかどうか分かりませんが、細胞構造は、「生命のからくり」が進化・発展する過程で、自ら用意することが出来るようになった「環境」の一種であると、本書では割り切って考えています。そのことで単純な化合物から人類まで続く「生命」の歴史を一つのロジックで説明することが出来るようになったのではないかと思っています。
 

中屋敷 均(なかやしき ひとし)
1964(昭和39年)年、福岡県生まれ。1987年京都大学農学部農林生物学科卒業。博士(農学)。現在、神戸大学大学院農学研究科教授(細胞機能構造学)。専門分野は、植物や糸状菌を材料にした染色体外因子(ウイルスやトランスポゾン)の研究。趣味は、将棋、山歩き、テニス等。
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