『誰も農業を知らない』 プロ農家の声に耳をすませば

吉村 博光2019年02月09日 印刷向け表示
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誰も農業を知らない: プロ農家だからわかる日本農業の未来
作者:有坪 民雄
出版社:原書房
発売日:2018-12-12
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書名を見て、私はドキッとしました。著者は農家の方なのですが、その著者に「誰も農業を知らない」と言わしめていることに恐怖を感じたからです。なにせ、人は食べないと生きていけません。農業は、まさに生命線です。私たちの将来は、大丈夫なのでしょうか。おっと!冒頭から、小学生の作文のようになってしまいました。

ところで皆さまは、三重県松阪市にあるエスカルゴ牧場をご存知でしょうか。牧場というからには、エスカルゴを生産しています。しかも、チェーン店で食べられるアレではありません。フランスでもなかなかお目にかかれない、最高級のポマティアを生産しているのです。鉄工所の社長が、なんと数億円の私財を投じて、世界で初めて養殖に成功したそうです。

こういう一点突破の話が大好きな私は、すぐ現地に行き、社長の応援団の一人になりました。温暖な地域で生産でき、美味しいうえにハラル対応食材でもあるため、今後の人類にとって貴重なタンパク源になるに違いありません。しかし、私にはお金もなければ時間もありません。社長のお役に立つことができないのが、とても残念です。

作文に続いて「でんでんむしむし♪(厳密には違いますが)」の話。あまりの子供っぽさに、引いてしまわれた方も多いかもしれません。でもこれもまた、農業なのです。十把一絡げの農業論は巷に溢れていますが、規模も種類も農家は多岐に渡ります。いつか機会があれば、現場に近い方が書いた(FACTがつまった)本を読みたい、と思っていました。

本書は、そんな私のニーズに応えてくれる本でした。著者は、船井総合研究所に勤務した後、専業農家に転じ、現在はコメ栽培と和牛飼育をされている方です。ITやマーケティングなどにも明るいプロ農家。でもだからといって、書名の『誰も農業を知らない』は、決して「自分だけが知っている」という驕った意味ではありません。引用します。

本書のタイトルは、農家ですら農業を知らないことからつけたのです。農家だって、正直なところ農業のなんたるかが、すべてわかっているわけではありません。私もそのひとりです。
農業論をぶつ人も、そして農家も、みな農業を本当にはよく知らない――これが現実だと思いますが、一方、日本の農業がいま危機に瀕していることも事実です。 ~本書「はじめに」より

つまり、著者自身も「すべては知らない」ということを踏まえつつ、著者自身が「知っていること」だけでも書いてみようというスタンスなのです。様々な視点から事実を積み重ねた後、最終章で「二一世紀の農業プラン」を提示しています。そこには著者ならではの経験が活きており、体温が感じられたので、私は本書をとても気に入りました。

第1章「第二次農業機械革命の時代」
第2章「無力な農業論が目を曇らせる」
第3章「農家も知らない農業の現実」
第4章「農業敵視の構造を知る」
第5章「親しい血―新規就農・企業参入・移民」
第6章「二一世紀の農業プラン」

最後の提言のなかには、「遺伝子組み換え作物の栽培を実現せよ」というアグレッシブなものもありました。これまで私は、「遺伝子組み換え」という技術に漠然とした怖さを感じていましたが、それも作られた世論を鵜呑みにしていただけかもしれません。時には、違う意見に耳を傾けてみるのも良いものです。

本書では、遺伝子組み換えによる「スギ花粉米」の例を紹介していました。現在、臨床実験中とのことですが、その米を継続的に食べればスギ花粉症を引き起こさなくなる、と本書には書かれています。私も、花粉症に悩む一人です。これからの季節は憂鬱でたまりません。組み換えを一概に遠ざけるのは、もったいないことかもしれないと感じました。

新しいモノや便利なモノには反対意見がつきまといますが、私は進歩に対して前向きです。環境問題の喧騒の中で過ごした学生時代には「今後自分は、車にも乗らないしゴルフもしない」と決めていたのですが、様々な人に出会って、最近はその呪縛から解放されました。困難は進歩で乗り越えるべし、というのが今の私の立場です。

本書では、IoT、ゲノム、遺伝子組み換え、農薬の活用。さらには「農協の経済部門を半Amazon化せよ」とも言っています。脱サラ就農にも積極的で「ラーメン店をやるよりも圧倒的に有利だ」と指摘しています。ただし、自分が農業に向いているのかどうかのチェックを忘れてはいけないといいます。この指摘が、とても面白いものでした。

ジム・コリンズの言葉を引用し、「目的地(例えば無農薬など)を決めてからバスに人を乗せるのではなく、適切な人材(意欲的で適応力がある人材)を乗せてから進むべき目的地を決めるべきだ」と指摘しています。それに続く箇所から、引用します。

今まで自分が知ったつもりでいた「常識」が覆されたと驚き、ウソではないかと思って自分で専門的な文献を調べるといった人は適性があります。一読して「農薬が安全だというこの馬鹿は信じられない!」と感情的に反発するだけの人は、農業を職業にすることは今後一切考えないことです。 ~本書第5章「新しい血」より

いまは時代の転換点です。農業だけではありません。いま私がいる業界もそうですし、もしかしたら、皆さまの業界もそうかもしれません。本書を読むと、外部から農業論(大規模論/無農薬農業論/農業工場論/6次産業論/保護主義論)をぶつよりも、内部にいて適切な人材(意欲的で適応力がある人材)であることの重要性が、身にしみてきます。

外部の人がわけ知り顔に話すのをきいて、違和感を覚えたことはありませんか。岡目八目という言葉もありますが、大抵は、表面的な取材でまとめられたニュースとそれに踊らされた人たちです。そんな議論よりも、現実を直視して柔軟に対応していくことがやはり最優先事項なのだと、本書を読んであらためて気づかされました。

「唯一生き残るのは、変化できる者である」チャールズ・ダーウィンの言葉です。それと同時に私の頭の浮かんだのが、工業と農業の壁を軽々と乗り越え、鉄工所を経営しながら世界で初めてポマティアの養殖に成功した、エスカルゴ牧場の高瀬社長の顔だったのです。でんでんむしむし♪。私の頭の中にある、大人と子供の壁を乗り越えた瞬間でした。

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