楽しくてためになる『胎児のはなし』

久保 洋介2019年02月18日 印刷向け表示
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胎児のはなし
作者:最相葉月
出版社:ミシマ社
発売日:2019-01-29
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胎児の神秘。人類誕生過程の最先端であり、生物学的にも面白いトピックであるにも関わらず、いまだ多くがベールに包まれています。女性の体の中で受精卵がどのように胎児に発育していくのか、羊水はどのような役割を果たしているのか、多くの謎が残されたままです。

そんな胎児を知る上で、我々人類が編み出したのが、「子宮の中を見る」ことと「遺伝子を分析する」という手段でした。ただ実は、われわれ人類が胎児を「見る」「分析する」ことができるようになったのは、つい最近、ほんのここ数十年の話です。

長年叶わなかった「子宮の中を見たい」「出産前の胎児を見てみたい」という人間の欲望を満たしてくれたのが超音波検査という手法でした。1970-1980年代、超音波技術によってついに胎児の存在認識できるようになり始めます。ただこのときは断面的に骨がうっすら見えるだけで、胎児の様子を把握するのはまだまだ困難な時代でした。

今のように胎児の表情がわかるようになったのは3D技術が応用され始めた2000年頃からです。胎児が詳細に可視化できるようになったのは意外とここ20年の話なのです。今では4Dとして静止画ではなく動画で胎児を見る事ができるようになりはじめました。読者のほとんどが産まれる時にはまだ2D静止画だったのではないでしょうか。

ちなみに、今では胎児検査で普通に使われる超音波検査ですが、もともとの発症は日本の魚群探知機だったそうです。日本製の魚群探知機を、アメリカの脳外科医が脳検査に使い始め、その後、胎児に応用されるようになって今の超音波技術の土台が作られたのでした。胎児検診で使われるエコーがもともとは魚群探知機だったと思うとなんだかおかしくなります。

3D超音波検査をしていると胎児に表情があることが分かってきました。泣いたり笑ったりしているのです。子宮という密室の中で豊かな表情を見せる理由はまだベールに包まれたままです。ただ、胎児の段階で人は笑顔や泣顔をすでに習得しているということは、ダーウィンの仮説である「泣く笑うなどの原始的な表情は学習ではなく先天的に受け継がれているもの」を裏付けているように思えます。

「見ること」ができるようになった我々は、次に胎児を「分析すること」を目指します。それに適した手法が遺伝子分析でした。胎児の血球を使って機能を見ようとし始めたのがきっかけで、今では胎児の性別やダウン症スクリーニングに使われはじめています。

胎児の機能を調べるために開発された分析手法でしたが、これを通して驚くべき事実も発見されていきます。その一つが父親のDNAでした。最近の胎児研究では、遺伝子は母子間だけでなく、父母間でもつながりあることも明らかになってきました。驚いたことに、父親のDNAが胎児を介して母親に入っている事が分かってきたのです。胎児は母親と父親の遺伝子でできていますが、それが母体へと逆流していることが分かってきたのです。

この父親DNAが母体内でどのような影響あるかはまだ全貌が明らかになっていません。いずれにせよ、これまで夫婦は遺伝的には別個体と認識されていましたが、生物学的につながっていることが分かってくるという衝撃の事実です。これからより研究が進められると家族観の変化にも繋がるかもしれません。

本書では、胎児の超音波検査を日本で先駆的に取り入れて研究してきた増崎英明教授が、ノンフィクションライターである最相葉月の質問に答える対談形式で、胎児研究の歴史とその最前線を解説しています。妊娠・出産にまつわる素朴な疑問から、超音波検査や遺伝子解析などの最先端科学技術まで、胎児に関する目から鱗なストーリーが満載です。

本書は新しく命を授かった家庭にはぜひ読んでもらいたい一冊です。著者自身、新しく父母になる夫婦に、科学的に裏打ちされた妊娠の楽しみ方を本書を通して感じてもらえればという想いを込めているようです。

ただそれだけでなく、本書は自分自身の誕生秘話としてもあらゆるひとにとって興味深いサイエンス本になっています。サイエンスライターの最相葉月さんの切り込みはするどく、胎児をテーマに人間の誕生秘話に迫っています。読了後には自分が胎児だった頃に思いを寄せること間違いありません。

(009)産後クライシス (ポプラ新書)
作者:内田 明香
出版社:ポプラ社
発売日:2013-11-05
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子どもが産まれたあとに夫婦仲が悪くなりがちなのは知っていましたか? 知らないという方用に。書評はこちら

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