「『こわいもの知らずの病理学講義』につまずいた人、必読!」ってどういう意味やねん! 『おしゃべりながんの図鑑 病理学から見たわかりやすいがんの話』
『こわいもの知らずの病理学』(略称『こわ病』)で一発あてたので、調子をこいて病理学シリーズの本をだしました!という訳では決してない。だいたい、自分の本とちゃうし。
かといって関係がないかというとそうでもない。『なかのぐら対談』として、わたしと著者の小倉先生との対談が二ヶ所に載っている。念のために言っておくが、対談は印税制ではなくて謝金制である。だから、この本のレビューのおかげで爆発的に売れたとしても(そんなことないと思うけど)、収入が増えるわけではない。ということで利益相反の開示は終了。
「BOOK」データベースの宣伝文句を見てびっくりした。いきなり「『こわいもの知らずの病理学講義』でつまずいた人、必読!」って、喧嘩うってんのか!おかげさまで20刷、7万2千部のベストセラーとなった(←自慢)拙著『こわ病』は、近所のおっちゃんやおばちゃんにわかるように、たいがいやさしく書いたつもりだ。それでも、時々むずかしいとお叱りをうけることがある。あれ以上やさしくするのは無理やろ、と思っていたけれど、この本を読んだらそうでもなかったかも。
この本と『こわ病』とは説明のアプローチがちがう。ともに病理学を名乗っているが、小倉先生はホンモノの病理医だ。それに対して、私めは病理学の教授をしているが、病理医ではない。いわば、なんちゃって病理学教授である。
病理医の先生方は、日夜、臓器を見たり顕微鏡を覗きながら、これは何とかがんですね、とか、このがんはこのあたりまで広がってますね、とかの診断、すなわち、形態学的な診断をしておられる。『こわ病』でも、本の半分はがんのことを書いているのだが、形態学的なことをほとんど書いていない。どうしてかというと、よう知らんから…。
『おしゃべりながんの図鑑』は、がん細胞がどんな「顔」をしているか、その「顔」を病理医がどうとらえているか、などがお話されていく。百聞は一見にしかず。形態学的なアプローチの有利な点は、「見ればわかる」ところにある。早い話がわかりやすい。それに対して、『こわ病』は分子レベルから解説する形にしたので、どうしてもそのための基礎知識の説明が長くなる。わかりやすさの違いは、筆者の能力ではなくて、アプローチの違いからいたしかたないのである。はい、言い訳でした。
わかりやすい理由のもうひとつは、タイトルにあるように、おしゃべりなおばちゃんがしゃべりたおしているから。その点、自分は無口ですから(高倉健風に。ただし、あくまでも自己評価です)不利である。それに、ご自分で書かれたイラストが満載だ。そんなこんなで、おしゃべり病理学は、とっつきやすい、わかりやすい、おもろい、と三拍子揃っている。まいりました。
ここまでが、がんの図鑑の総論編。本全体が、がんだけに絞った内容になっているので、各論編も充実している。大腸がん、急性白血病、脳の悪性膠腫、脂肪腫と脂肪肉腫、胃がん、膵臓がん、肺がん、乳がん、子宮頸がん、肝臓がん、と、聞き慣れた名前のがんから、おそらくほとんどの人がご存じない名前のがんまで、がんというのがどういう病気かがよくわかるようにそろえられている。
ここまで隠していたが、著者の小倉加奈子、じつは、幼い頃に別れ別れになった妹である。すんません、ウソです。じつは東京妻です。あ、もっとウソです。本当は、NHK Eテレの『又吉直樹のヘウレーカ!』の「“お前はもう死んでいる”ってホント?」という回に出演したときに共演していただいた先生だ。
どのようにして番組制作会社の人が小倉先生を探し出してきたのか不思議に思っていたのだが、経歴をおうかがいしてわかった。単なるおしゃべりなおばちゃん病理医ではない。物書きも目指し、松岡正剛氏が校長を務めるイシス編集学校の師範も努めておられる。それに、東洋経済オンラインとかにも、がんをはじめとするテーマについてののシャープな論説も発表されている。なるほど、口だけじゃなくて筆もたつはずやわ。
適材適所の一冊なのだ。宣伝文句にはちょっと腹立つけど、まぁ、まけといたる。ということで、『こわ病』でつまずいた人もつまずかなかった人も、ぜひこの本で、がんについてのお勉強をしてください。絶対、損はさせません!
こちらもぜひ!HONZでは、東えりかと村上浩がレビューしてくれました。
この本もわかりやすい。マンガも著者の近藤先生が書いておられます。近藤先生とは対談したことも。
『医者の本音』がベストセラーになった中山先生の新作です。