どんなに有名な大企業であっても、始まりはちっぽけなスタートアップにすぎない。今や世界中の人に知られる存在となったNETFLIXであっても、それは同様だった。
本書は世界を熱狂させる数々のエンターテインメント作品を手がけてきた同社における、創業当時の物語である。まだストリーミング配信というものが主流ではなく、宅配DVDレンタル業を営んでいた時代が舞台だ。
彼らはDVDと倉庫とソフトウェアを組み合わせ、いかにして世界を席巻していったのか? それを元ロイター通信記者の筆者が、余すところなく記している。
スタートアップものといえば、大学を舞台にしたギーク(オタク)の成長物語を想像する人も多いかもしれないが、NETFLIXはひと味違う。彼らは初期のステージからある程度成熟しており、その組織の内側は強者のマインドに満ちていた。
それもそのはず。共同創業者のヘイスティングスとランドルフ。この2人は、すでに起業家として成功を収めたうえでの再チャレンジだったし、メンバーの大半は大きなソフトウェア会社で管理職を経験した逸材たちだったのだ。
数学を美しいと感じるヘイスティングスと、ダイレクトメールを美しいと感じるランドルフ。この2人が立ち上げたNETFLIXは、自分たちの知的DNAを受け継ぐ会社を作り、「書籍以外の何かを扱うAmazonになる」という目標を設定することからスタートした。
この時期のNETFLIXは、表面的には巨大なビデオレンタル店だ。しかし表の皮を一枚めくってみれば、中身は人間の嗜好そのものを数式化しようともくろむ、獰猛(どうもう)な集団だった。長期的な顧客価値を最大化するために独自のアルゴリズムを作り出すと同時に、複雑な物流システムを築き上げていったのだ。
このように業務の合理化を進めていったのは当然だが、真に驚くのは競合相手を潰すために次々と繰り出す一手一手のえげつなさだ。
ライバル企業のさまざまな料金シナリオにおける財務状況を予測し、ピンポイントで限界点を割り出す。さらにライバル企業が予算を使い切る時期を予測し、自社の新料金や投資計画の判断をする。
ポイントは先行者であることの優位性だ。収支がトントンになるよう、双方が値下げ合戦を繰り返せば、自(おの)ずと相手企業の息の根を止めることができるのだ。
ビジネスマンとしての立場から言うならば、こういう人たちだけは絶対に敵に回したくない。NETFLIX初期の競合だったブロックバスターとの死闘は、見る人が見ればサスペンスやホラーのように読むことができるはずだ。
組織の内部に切り込む取材力が冴えわたる本書は、物語として読んでも、デジタル化やサブスクリプションをテーマにしたケーススタディーとして読んでも興味深い。
とがったエピソードでニッチな情報ニーズに応えながらも、普遍性あるメッセージで多くの人を魅了していく。その筆致はNETFLIXのコンテンツにも通じるところがあった。
ビンジウォッチ(一気見)必至の一冊である。
※週刊東洋経済 2019年7月27日号