ジャレド・ダイアモンドが導き出す、危機の枠組み──『危機と人類』

冬木 糸一2019年11月08日 印刷向け表示
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危機と人類 ジャレドダイアモンド 上下巻2冊セット
作者:ジャレド・ダイアモンド 翻訳:小川 敏子
出版社:日本経済新聞出版社
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『銃・病原菌・鉄』で一世を風靡したジャレド・ダイアモンドの最新刊がこの『危機と人類』である。主に七カ国を対象として、それぞれの国が陥ってきた危機と、それをどのようにして乗り越えてきたのか。また、今現在まさに危機にある国を取り上げ、比較しながら「国家的危機」についての枠組みについて考察しよう、という一冊だ。本書刊行時の著者はすでに80を超えているが、なおパワーのある筆致でぐいぐい読ませ続けるので、心底たまげてしまった。

「危機」にもいくつもの種類があるが、本書で取り上げられるのは、国家を揺るがすほど大きな危機、また現代の国家で起こったことについて限定されている。対象とされる七カ国は次のとおり。フィンランド、日本、チリ、インドネシア、ドイツ、オーストラリア、アメリカ。日本だったら、たとえば明治維新の頃何が起こったのか、どのように日本人は適応してきたのか──が危機の枠組みを通して語られるわけだ。これらの国は(日本を除いて)著者が長年滞在、あるいは居住していた国である。ようは比較的身近で「よく知っていて、自分の体験、主観的視点」を持ち出せる国を意識的に選んでいて、個人的で叙述的な研究であるといえる。

全体の構成とか

本書ではまず、国家的危機に先駆けて「個人的危機」とは何なのか、また個人的危機の帰結に関わる12の要因があげられた後、同様に(その多くが重なる)国家的危機の帰結にかかわる12の要因をあげ、その枠組みを用いながら各国の危機を概観していくことになる。

12の要因とは、たとえば次のようなものだ。①自国が危機にあるという世論の合意、②行動を起こすことへの国家としての責任の受容、③囲いをつくり、解決が必要な国家的問題を明確にすること、④他の国々からの物質的支援と経済的支援、⑤他の国々を問題解決の手本にすること、⑥ナショナルアイデンティティ、⑦公正な自国評価、⑫地政学的制約がないこと──などである。

たとえば明治維新の頃の日本でいうと、明治日本は西洋が中国に戦争をしかけ、日本に対する西洋の脅威が高まっていることを知っていたが、それを明確な行動を起こすほどの危機とは認識していなかった。それが変わったのは、1853年のペリー来航である。その後の、明治期の激動の時代に日本は外国を手本として借用し、現実的かつ公正な自国評価がなされていて──と、それぞれの要因が国家的危機のどのタイミングで現れたのか、または要因がなかったことで危機の解決を妨げたかを各国の危機を通して確認していくのである。まずこれがたいへんにおもしろい。

日本の歴史はさすがに知っているが、チリやフィンランド、インドネシア、オーストラリアといった国で起こった国家的危機については(僕は)よく知らないから、そもそもの国の成り立ち、その危機がどのように起こるに至ったのかのざっくりとした歴史も含めて紹介してくれるのが大変にありがたい。危機自体も、「我々は何者か」というオーストラリアのナショナル・アイデンティティを扱ったものから、内部の自壊で起こったもの、外部からの強制で起こったものと国によって様相は大きく異なっていて、12この要因が複雑に絡み合った様を描き出していく。

たとえばチリは、1973年に軍事政権によって支配され、そのまま市民への悲惨な拷問などが繰り返され、17年も支配を継続された「危機」があった。しかも、チリはそれまで長い間民主制度を保持した国だったのだ。なぜそのような国が、突然方向転換し 17年もの軍事政権支配を許してしまったのか? チリが突然そうなったのであれば、アメリカや日本といった他国もそうなる危険性はあるのか? と問いかけながらチリ史を追いかけていくのだ。

いま、まさに危機が進行している国

そうやって国家の危機を概観していったあとは、「いま、まさに危機が進行している国」が取り上げられていく。最初に取り上げられるのは再度日本だ(ちなみに、二章取り上げられるのは日本とアメリカのみ)。日本は多くの人口を抱え、識字率も高く知的能力に優れた国民が大勢いる。平均寿命は高く、ナショナル・アイデンティティも強く、災害は多いが環境は比較的温暖といくつかの点は明確に強みである。とはいえ、当たり前だが危機がないわけではない。

著者が挙げる日本の危機としては、たとえば女性の役割、少子化、人口減少、高齢化という相関する4つの問題がある。女性の役割については、表向きは男女平等だが、いまだに女は家で家事をしていろ、というような(賃金も低く、役職があがらない)男女の不平等が残っている。その大きな要因として著者があげているのは子育てで、アメリカと違って個人で保育を請け負う移民女性が存在しないこと(だから、もっと移民を受け入れるべきだと論が継続していく)、北欧諸国と異なって保育所が少ないため、保育サービスがまったく足りていないことなどをあげている。

人口減少、高齢化はまあ皆さんご存知の通り。とはいえ、人口減少自体は、必要とされる国内外の資源が減り、最終的には非常に裕福になるだろう、と語っている。急激な減少は年金問題などと絡み合って現役世代に相当な痛みをもたらすはずだが、それを数十年のことだととらえればそれはそうだろう。こうした日本人も広く認識している問題に加え、日本人が認識していないさらに三つの問題があると続ける。それは「移民(が少ないこと)」、「中国と韓国(への真摯な謝罪が足りないこと)」、「自然資源管理」である。この3つについては詳しくは説明しないが、うーん、それはどうなんだろうなと思う部分も多い。実際に読んで確かめてもらいたい部分である。

おわりに

ラストはアメリカに訪れている危機、また世界で起こっている危機について(たとえば、政治の二極化とか)。危機と人類はあまりに大きなテーマゆえ(経済、資源、民主主義、政治、エネルギー、地政学などなど)さすがにちと扱いきれてないなと思う面もあるが、危機と指導者の役割、危機と民主制度の関わり、危機は必要か? という観点であったり様々なテーマが浮かび上がってくる本で、総合的には大変楽しませていただきました。

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