弱い心を何度も叱り、金かりに行く『文豪と借金』

2020年4月29日 印刷向け表示
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 文豪と借金というのは切っても切り離せないものなのかもしれない。石川啄木、内田百閒、川端康成など、借金にまつわるエピソードを持つ文豪は枚挙に遑がない。なかでも有名でゲスの極みといっても差し支えないのは石川啄木である。

親友の金田一京助をはじめ、借金に借金を重ねたあげく、金は返さずに踏み倒し、妻子に金をやらずに、手にした金で女遊びに明け暮れていた。本書にはそんな石川啄木の借金メモが掲載されている。メモをみると60名あまりから1372円を借金していることがわかる。いまのお金にして680万ほどだという。石川啄木は借金に関してこんな句を残している。

何故かうかとなさけなくなり、
弱い心を何度も叱り、
金かりに行く

金を借りに行く際に自分を情けなく思う気持ちが何となく思い浮かぶ歌だ。一方で啄木は「一度でも我に頭を下げさせし人みな死ねといのりてしこと」なんて歌も残している。この歌は金を貸した人に対して読まれたものではないけれど、なんだか人としてどうなのよ?と思ってしまう。

石川啄木をはじめ文豪と呼ばれる人たちには、人として問題がある人が多いように思う。まぁ、それくらい人と違っているからこそ、名作と呼ばれる作品を生み出すことができたのかもしれない。

『文豪と借金』は、このような文豪たちのエピソードをまとめた本ではなく、文豪たちの借金にまつわる書簡、随筆、借金をテーマにした作品をまとめた本である。世に名を遺した文豪たちでも、お金のことでは苦労していたようだ。むしろ借金があったからこそ、名作が生まれたのかもしれない。

本書の中で特に興味深かったのは文豪が借金を無心する書簡の数々だ。さすがは名文家といったところで、金を無心する文章なのにこれが読ませる。またこんなこと言われたら貸そうかな?と思ってしまうのだからさすがである。そこで太宰治と尾崎放哉の書簡を紹介しようと思う。とはいってもこの二人に関しては、書簡を見てもまったくお金を貸そうとは思わないのだけど……。

以下は太宰治が淀野隆三にあてた手紙から一部を抜粋したものだ。

四月十七日
私を信じてください。拒絶しないでください。(中略)
ふざけたことに使うお金ではございません。たのみます。

四月二十三日
私の、いのちのために、おねがいしたので、ございます。
誓います、生涯に、いちどのおねがいです。

四月二十六日
こんなに、たびたび、お手紙さしあげ、羞恥のために、死ぬる思いでございます。何卒、おねがい申します。ほかに手段がございませんゆえ、せっぱつまっての、おねがいでございます。たのみます。まことに、生涯にいちどでございます。

四月二十七日
このたびは、たいへんありがとう。かならずお報い申します。私は、信じられて、うれしくてなりません。きょうのこのよろこびを語る言葉なし。私は誇るべき友を持った。天にも昇る気持ちです。

太宰治は金策のため、十日の間に、4回も同じ人に無心の手紙を送っている。ふざけたことに使うお金ではございません。と言っているが、この頃の太宰は盲腸の麻酔薬として処方されたパビナールの中毒となり、乱用していた時期だというから、無心していたお金がほんとうにふざけたことに使うお金ではなかったのかは、はなはだ疑問である。

また現代でもそうだと思うが、「私を信じてください。」と自らいう人のことは、基本的に信じてはいけないような気がする。また「生涯にいちどのおねがい」や、「一生に一度のお願い」という言葉も信用してはいけない言葉の筆頭ではないだろうか。ただ拒絶しないでください。っていうところになんだか太宰らしさがあり、なんだか少し愛おしい。

おかしいのは、お金を貸してくれた人には、律義にお礼状を書いていることだ。ただ「私は誇るべき友を持った。天にも昇る気持ちです。」ってさすがにそれはごまをすりすぎじゃないか? と思わなくもない。

次は自由律俳句で有名な尾崎放哉の書簡」を引用する。この人の書簡はかなりアレだ。自分だったらこんな人とは関わりたくない。

……但し、放哉……牛肉のスキヤキが好物也……之はこゝでは、百匁四十五銭します……之を時々タベタイな、呵々……(中略)此の間アンタから送ってもらったお金で、何度も〱牛肉のスキ鍋をやっては一人舌づゝみを打ちました事です。御礼〱。又、将来、アンタの御不自由なさらぬ程度でお金がありましたら、イクラでも結構、牛肉代に送ってくださいな。待てますよ、呵々。

呵々じゃないよ!スキヤキが食べたいから、お金を貸してって、誰が貸すんだよ!って感じだけど、どうやら貸してくれた人がいたようで、それに対しても、こんなことを言うのはさすがにないだろう。この書簡を見ただけで、この人も人としてどうなんだ?と思ってしまった。

「咳をしてもひとり」から勝手に孤独なイメージを持っていたのだけど、孤独なのは自業自得なのかもなぁと、自分がイメージしていた人物像から、尾崎放哉という人物がかけ離れていたことを知った。本書に掲載される略歴をみたところ、この人は東大出のエリートだったのに、突然それまでの生活を捨て、寺男として生きていたことを知った。ネットなどで少し人物について調べたところ、東大出を鼻にかけていたようなので、そりゃ人からは疎まれるのも仕方がないような気がする。もう一つの書簡も傑作だ。

若(も)し、無理に庵を押し出されるような事があれば、意識的に食を絶って、放哉、死にます……。

意識的に食を絶って死にます。って子供か!この人めちゃくちゃすぎ!というか、その前の書簡とのギャップがたまらない。

紹介した二人は「泣きつく」タイプなのだけど、「神経衰弱癒るの時なし」というように途方に暮れる芥川龍之介みたいな人や、「借りれればネ、直だよ。借りたおすのサ」という勝海舟のような「踏みたおす」人。はたまた、「作家は、女房の実家の財産を食うくらいじゃないと、本物とは言えないんだよ」というような色川武大のような「開きなおる」人もいたり、借金に対する姿勢も人それぞれである。まさに借金の才能にも個性ありだ。

本書を読んで文豪たちの借金にまつわる作品を笑いとばすもよし、金の工面の参考にするもよし。自分がお金に困ったときに読んだら、少しは参考になるかもしれない。いやならないか。最後に本書に出てきた中で一番好きなフレーズを引用してレビューを終えることにしよう。

払えばいいのだ、借りておこうかしら、
弱き者よ汝の名は貧乏なり。

林芙美子「放浪記」

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どちらもヒットしている文豪たちをテーマで切り取ったアンソロジー。一緒にどうぞ。

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