病から医者という「ひと」を見る『患者になった名医たちの選択』

アーヤ藍2020年05月24日 印刷向け表示
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患者になった名医たちの選択 (朝日新書)
作者:塚崎 朝子
出版社:朝日新聞出版
発売日:2020-03-13
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コロナ禍で、改めて社会からの注目と敬意を集めている医療現場。近年は、テレビドラマでも毎クール必ずといっていいほど医療現場を舞台にした作品が放送されている。

人の命に密接に関わる医療の世界と医師という存在に対して、私たちはどこか、特別な感情を抱きやすい。だが、医師たちも同じ人間。彼らにも病は等しく降りかかる。

本書『患者になった名医たちの選択』は、病にかかり「患者」となった経験をもつ18人の医師の経験談をまとめた一冊だ。

「まず先立ったのは、羞恥心」医師だからこその苦悩

大学病院で放射線腫瘍学主任教授として、診療、研究、教育に勤しんでいた唐澤久美子医師は、ある日、いつもよりくつろいで入浴していたときに、乳房に尋常でない手触りを感じた。乳がんを専門としている唐澤医師には、そのしこりが、最近できたものでないことがすぐにわかった。

患者には、毎日の触診を勧めているのに、これはまずい

忙しさゆえに触診を怠っていたことへの後悔と、羞恥心が最初に襲ってきたという。

医師だからこそ、自らの病に一般の人より少し早く気づけたり、その後の治療法について予測を立てやすかったりする面はある。だが一方で、医師だからこそ背負う、別のプレッシャーもある。

本書に登場する医師のなかには、自身の病について、患者に知られることで不安を招いてはいけないと、ぎりぎりまで周囲に打ち明けられず、密かに治療を続けていたという人も少なくない。

なかには、自分の胸の痛みを「これは心筋梗塞だろう」とわかっていても、「深夜に病院に行けば、迷惑がかかる」という意識が先行し、救急車を呼ぶのを躊躇ったという医師や、知識があるからこそ、「脳出血で損傷した神経が元に戻ることはない」という事実への絶望感に苛まれた医師もいる。

医療に詳しい医師も、病による苦悩は同じように抱き、医師だからこその葛藤や困難もあることが、本書の様々なエピソードから滲み出る。

患者になったから変われたこと

一方、「患者側」になった経験が、その後の人生に、新たな視座をもたらしたことも、18人それぞれのエピソードで綴られている。

前述の唐澤医師は、薬の臨床試験に携わっていたため、抗がん剤について予備知識をもっていたが、いざ自分で使ってみると重篤な副作用に苦しんだ。その患者としての体験から、日本癌治療学会などが作成している「手足症候群」(抗がん剤による皮膚への副作用)の対応マニュアルの改訂を自ら志願した。

網膜色素変性症という難病の進行によって、光の明暗や眼前の動きぐらいしか目で認知できなくなった精神科医の福場翔太医師は、診察にあたって「傾聴」を大切にすることにした。

顔色はごまかせても声色をごまかせる人は少ない。声やスピードのちょっとした変化に気が付く。

視覚情報を得られない分、聴覚情報に集中できることを「利点」と感じていると話す。

地域の訪問診療に従事していた太田守武医師は、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症。症状が進行し、眼球の動きでしかコミュニケーションがとれなくなったあとも、「患者」の自分だからこそと、介護者を介さず、患者間だけでプライバシーを保ちながら会話できるコミュニケーションツールを開発したり、地域の消防署や自治会とともに、特殊避難訓練を主催し、自らマニュアルの監修・作成にあたるなどしている。

病の経験は、その人の人生の糧にもなりうる。むしろ、様々な可能性を失い、希望が絶たれたあとこそ、「誰かの役に立っている」「誰かに必要とされている」という、自分の存在意義を感じられるような道を切り開くことが、医師に限らず、「患者」にとって大切な生きる道なのかもしれないと、18人それぞれの経験談から感じさせられる。

「医師」のなかにいる一人ひとりへ思いを馳せる

本書に出てくる18人のエピソードをたどっていくと、医師になった理由も、そこに至るまでの苦難も、病にかかったあとの「選択」も一人ひとり全く異なることがわかる。

「医師」や「医療従事者」という一つのラベルに括れない、多様な価値観や生き様が存在していること、私たちと同じように、人生を歩んでいる「ひと」であることを感じたとき、私たちが「医療現場」や「医療従事者」について語るときのまなざしも、少し変わるかもしれない。

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