裸で出っ歯の珍奇なネズミが、人類を救う? 『ハダカデバネズミのひみつ』

塩田 春香2020年08月26日 印刷向け表示
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ハダカデバネズミのひみつ
作者:岡ノ谷 一夫
出版社:エクスナレッジ
発売日:2020-08-15
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2003年1月、ワシントンD.C.――スミソニアン国立動物園のほの暗い展示室で、薄桃色の毛のない小動物がうごめいている。「何かの赤ちゃんかな?」展示ケースに近寄った私は、思わず息をのんだ。 

な、な、なに?? この動物、なに???

それが、ハダカデバネズミと私との衝撃的な出会いだった。ハダカデバネズミ、漢字で書くと、裸・出歯・鼠。名は体を表す。裸で、出っ歯の、鼠である。

動物好きではなくとも、名前くらいは聞いたことがある方も多いかもしれない。今やハダカデバネズミ(以下、デバ)は、変わった生き物を特集したテレビ番組や書籍の常連となっているし、国立科学博物館の大哺乳類展2のポスターではあまたの人気大型哺乳類たちを引き連れて先頭を歩く姿が描かれ、グッズもたくさん販売される、珍獣界のスターなのだ。

先頭に注目!

グッズもいろいろ!

本書は、その、裸・出歯・鼠を、からだのつくりから生態や研究のあゆみなど、豊富な写真やイラストとともに、微に入り細を穿ち、楽しくわかりやすく紹介している。

「そんな珍奇なネズミだけで、一冊分もネタがあるの?」と、思われるだろうか。とんでもないことである。今すぐデバに伏して謝ってほしい。キョーレツな見た目にばかりに関心が向かいがちだか、じつはデバは、もしかしたら人類を救う可能性を秘めているかもしれないスーパー生物でもあるのだから。

デバがどうスーパーなのか、その一部を箇条書きにしてみよう。

・哺乳類なのに、アリやハチのように女王を筆頭に王、兵隊、働きデバなど、役割分担で統率された、真社会性動物である。新生児を温めるのに役割を特化した「ふとん係」もいる。

・哺乳類なのに変温動物。

・老化が遅く、平均寿命もネズミの仲間では異例の30年弱。しかも、ガンにならない。

・ヒト以外の動物はあまり用いない「ぱぴぷぺぽ」が発音できる。
(ちなみに、鳴き声は小鳥のようにカワイイ)

・地中でトンネルを掘って暮らすため低酸素状態に強く、なんと無酸素状態でも最長18分も生存可能。

……

本書ではこれらの話題が、その研究背景なども引きながら解説されている。

そしてまた、これほど特異な動物を研究者たちが放っておくわけがない。

研究者として日本で最初にデバを飼育した本書の監修者・岡ノ谷一夫教授のテーマは、デバの鳴き声によるコミュニケーションから言語の起源を探る、という、刺激的なものだった。

また、ご記憶にある方もおられるかもしれない。2016年、なんとハダカデバネズミからiPS細胞が作成されたという驚きのニュースが流れたのである。

マウスやヒト由来のiPS細胞は、腫瘍形成能(いわゆるガンになるリスク)が臨床への応用のさまたげとなっている。しかし、デバはガンにならない。なぜガンにならないかのヒミツは本書を読んでいただきたいのだが、デバ由来のiPS細胞は、未分化な状態で移植しても、腫瘍を形成しなかったのだ!

本書には、このiPS細胞作製に成功した三浦恭子准教授へのインタビューも掲載されている。「デバについて個人的に気になっている点」という質問への、三浦先生の答えに、私はしびれた。

結構な頻度で後ろ向きに走るのですが、全力でどれくらいの速度が出せるのかが気になりますね。感覚毛の本数に個体差はあるのかないのか、といったことも気になっています。

えええええ?? 先生の気になること、分子生物学的なナントカではなくて、後ろ向きにダッシュする速度とか、毛の数の個体差とかなの?と。

iPS細胞などの応用研究の方がメディアに注目されがちだけれど、三浦先生は、「人の役に立つ」という視点だけではなく、「生き物としてのデバ」に純粋に心惹かれて研究しておられるのではないか?と、この答えには、生き物好きとして嬉しくなった。  

生物の研究者が、研究費をとるためなどの理由で「このように人の役に立ちます」とアピールしているのをよく見かけるが、嬉々としてその生物を語る姿には、本当は「純粋なる知的好奇心に突き動かされて」研究をしているのだろうなあ、と感じることも少なくない。人の役に立つための研究はもちろん素晴らしい。でも、知的好奇心から研究することも、同じくらい素敵だなあと思うのだ。

じつは私自身、ワシントンD.C.で出会った衝撃的な小動物についてもっと知りたい!という私欲から、2008年に日本で最初のハダカデバネズミの本『ハダカデバネズミ――女王・兵隊・ふとん係』を企画編集した。著者は『ハダカデバネズミのひみつ』監修者の岡ノ谷先生と、院生だった吉田重人さんである。

手前味噌になってしまうが『ハダカデバネズミ』は、デバはもちろんデバに魅せられた人たちの悲喜こもごもの奇妙な研究生活を描き出してこの年の科学ジャーナリスト賞を受賞した、デバ本の古典的名著と言えよう。しかし、ガンや低酸素への耐性など次々に新しい話題が飛び出して、「そろそろ別のデバ本が出てもいいのではないか、自分は部署を異動してしまったし、誰か出してくれないかなあ」と思っていたところに出版されたのが、このたびの『ハダカデバネズミのひみつ』なのだった。ああ、感慨深い。

ところで、『ハダカデバネズミ』のなかで、私がとても好きな場面がある。吉田さんが、群れの中ではどの個体が鳴いたか識別ができないのでデバに超小型マイクを取り付けようと数か月試行錯誤するのだが、デバのしっぽを引っ張るだけで特定の個体を鳴かせることができると気が付いて、「結局、超小型マイクと過ごした数カ月は無駄になったわけだが、研究なんてそういうものだし、簡単にデータを集められるならばこの方法を使わない手はない」というくだりである。

きっと『ハダカデバネズミのひみつ』で紹介されている様々なデバの真実も、多くの研究者たちが吉田さんと同じように試行錯誤の末、たどりついた発見だったに違いない。

この愛すべき不思議な生き物は、きっとこれからもびっくりするようなおもしろい話題を私たちに提供してくれるに違いない。その輝く姿を、私はそっと見守り続けよう。推しの無名アイドルがスターとして花開く姿にひっそりと嬉し泣きする、ピュアなオタクのおっさんのように。

ハダカデバネズミ―女王・兵隊・ふとん係 (岩波科学ライブラリー 生きもの)
作者:重人, 吉田 ,一夫, 岡ノ谷
出版社:岩波書店
発売日:2008-11-06
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 元祖デバ本。イラストを担当していただいた、べつやくれいさんとデバの研究室を訪ねたときの爆笑コミックエッセイはこちら

ぼくたちハダカデバネズミ (へんなどうぶつえほん)
作者:平田 昌広
出版社:汐文社
発売日:2019-04-12
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へんな生きもの へんな生きざま
作者:早川 いくを
出版社:エクスナレッジ
発売日:2015-08-03
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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
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