最高の聞き手同士が対話をするとどうなるか。本書はその希有な例である。他人から話を聞くプロである2人が、「聞く」ことの実際を語り合った。
著者の1人である信田さよ子は、カウンセリングの第一人者。原宿に開業したカウンセリングセンターを訪れる人々の話に耳を傾け、依存症やDV(ドメスティックバイオレンス)、児童虐待などの問題にいち早く取り組んできた。
もう1人の著者、上間陽子は、沖縄で未成年者への聞き取り調査を続け、10代で若年出産した少女たちへの支援活動も行う研究者だ。2020年に出版したエッセイ集『海をあげる』が高く評価され、複数の賞を受賞したことは記憶に新しい。
上間にとって信田は、その仕事が臨床心理学への信頼のベースになっているほど尊敬する先達だ。実際に話をすると、信田が感心しながら話を聞いてくれるのに驚いたという。屈託なく肯定してくれるので、なんだか自分がいいことを話しているような気になったと振り返る。
一方、かねて上間の仕事に注目していた信田は、次々に放たれる上間の核心を衝いた質問に驚く。「カウンセリングは質問が命」と考えていたプロがその質問力に舌を巻く。気づけば、これまで活字にしたことのない個人的な経験まで話してしまっていたという。そんな手練れ同士の対話が面白くないわけがない。
ただ、本書が扱うテーマは重い。2人が対峙してきたのは「言葉を失った」人々である。暴力によって尊厳を踏みにじられた人を前にすると、私たちもまた言葉を失わざるを得ない。安易に被害を代弁する言葉は被害者をさらに傷つけてしまう。だから被害にあった人から話を聞くには細心の注意を要する。本書を読むと、他人から話を聞くのがいかに繊細な作業であるかを思い知らされる。
信田は、相談者にある種の言葉の使用を禁じることがあるという。例えば「自己肯定感」といった言葉は、世間ではよく目にしても決して当人の言葉ではない。筆舌に尽くしがたい体験をした中で、自分がどうなってしまったのか。それを説明するには新しい言葉が必要だ。そんな言葉を一緒に探すのだという。
上間は初めて聞き取りをする際、少女が緊張しないよう店選びにまで気を配る(彼女たちが喜ぶのはモスバーガーだという)。だが、少しでも安心して話をしてもらいたいと心を砕く一方で、上間は大人たちに猛烈に腹を立ててもいる。なぜこの子がこんな目にあわなければならないのかと。
本書で繰り返し語られるのが、加害者の問題である。加害者にDVをやめさせない限り被害はなくならない。信田によれば、暴力をふるう瞬間に解離(記憶が飛んでしまうこと)を起こしている加害者が多いという。だとするならば、加害者もまた、なぜ自分がそうなってしまうのかを説明する言葉を見つけなければならない。彼らを憎み、罰するだけでは、問題の解決にはつながらないのだ。
本書のきっかけとなったトークイベントには、異例の早さで申し込みが集まったという。おそらくみんな気づいているのではないか。困難を乗り越えるには、本書のような対話が必要だということに。
※週刊東洋経済 2022年1月8日号