『新型コロナはどこから来たのか 国際情勢と科学的見地から探るウイルスの起源』”ウイルス流出説”は陰謀なのか?

2022年6月6日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
作者: シャーリ マークソン
出版社: ハーパーコリンズ・ジャパン
発売日: 2022/4/21
  • Amazon
  • Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

一時的なのか、それとも集団免疫を獲得したからか、新型コロナの発症数は減少している。世の中は、おそるおそるだがコロナ前の生活に戻ろうとしている。

果たしてこの「新型コロナウイルス」はどこからきたのか?2019年末に中国の武漢市から始まり、世界中を席捲し、感染者5億人以上、死者600万人以上(2022年6月1日現在)というパンデミックの最初のひとりは誰で、どうして罹患したのか。

本書は2020年3月という早い段階から流出説を追いかけた、オーストラリアのジャーナリストが到達した仮説である。シャーリ・マークソンは「オーストラリアン」誌の調査報道記者であり、人気キャスターでもある。コロナ禍が始まった当時は、1歳の息子の子育てをする母親でもあった。

この間、さまざまな説が流れたが「新型コロナはコウモリ由来で自然変異である」というのがWHOの調査(2021年)で結論付けられ、それ以外はフェイクニュースと断じられたり、陰謀論として各国の権威ある専門家によって嘲笑されたりしてきた。

だが、どこかおかしい。うっすらと感じているあの国の責任について、誰もが口を噤んでいる。誰も責任をとらず、証拠となるデータもすでに破棄されているという事実を私たちは知らない。

本書の前半は新型コロナの発生から伝播の過程、各国の対応が時系列で語られる。2019年11月、武漢市内の病院は、日に日に増加する患者で月末にはすでに収容能力の限界に達していた。この病気が「新型コロナウイルス」であると突き止めた女性医師は流言を流したと訓戒処分を受けたが、インターネットで世界にリークされ、当局が初めて感染爆発を認めた。遺伝子解析企業「BGI(華大基因)」で未知のウイルスが発見されたのは12月末のことだ。

だが2020年1月1日、新型コロナウイルスの貴重な初期サンプルは中国政府からの厳命ですべて破壊ないしは破棄される。

各国の大手新聞社が報じはじめたのが1月6日。だがこの後に起こるパンデミックの予測はまだない。中国はアメリカとWHOからのウイルス封じ込めの協力を断り続け、誰一人武漢に入ることを許さなかった。遺伝子配列が公開されたのは1月10日。だが中国政府は公開した研究所を即座に閉鎖した。ほぼ同時に中国のネット上で新型コロナに関する投稿は消され始めた。

ごく初期の中国に対するアメリカの動きについて証言してくれたのは、トランプ政権で国務長官を務めたマイク・ポンペオだ。あらゆる協力、要請、支援が拒絶された過程を克明に語る。「何かを隠している」。ポンペオはこの段階で部下である中国政策首席顧問のマイルズ・ユーに調査を依頼し、武漢ウイルス研究所から流出した可能性を疑い始めた。トランプ政権の幹部が流出説を公けに話したのは2か月後のことだ。

2020年1月23日、武漢はロックダウンした。情報が統制されるなか、武漢に潜入調査に入った中国人弁護士やジャーナリストの中にはいまだに行方不明の人がいるという。動画が残されており、その緊迫感たるや凄まじい。

アメリカが中国からの入国を禁止し自国民の帰国者の隔離が始まるのが2月2日。この間のホワイトハウス内の勢力争いを本書は詳細に記している。。同日、オーストラリア、ニュージーランドも国境を閉じた。ヨーロッパの大多数はまだで、中国からの渡航者を大量に受け入れていた。直前に習近平と会談したWHOのテドロス事務局長は、中国はうまく対処していると主張し渡航制限は推奨しないととしている。

ようやく中国へWHOの調査が入ったのは2月10日から24日。だが付帯決議によってウイルスの起源は調査項目から削除され、武漢視察もわずか2日間、3名だけ。ウイルスのサンプルも手に入れられず、ウイルスの発生源は海鮮市場であるという公式見解は揺るがず、しかしそれを証明する証拠も否定する証拠も抹消されていた。

ホワイトハウスは混乱の極みを呈していた。武漢から自国民を避難させるために飛行機に乗せることは成功したが、飛び立っても行く先はまだ決まっていなかったほどだ。アメリカの感染者は増え続けた。WHOが新型コロナウイルスのパンデミックを宣言したのは3月12日。トランプが新型コロナを「中国ウイルス」と呼び始めたのもこのころだ。

4月にはポンペオの依頼を受けたマイルズ・ユーの報告書が出来上がる。それには研究所から流出したとしか思われない多くの事実があった。だが研究所流出説はトランプ政権の捏造であるとされ、陰謀論だと世界中から批判を浴びる。

ここからが後半。著者が仮説を組み立てていく本書のよみどころである。

表舞台では国同士で政治と経済の駆け引きが激しく行われていたとき、オーストラリアのニコライ・ペドロフスキーという科学者がスーパーコンピュータをつかってワクチン開発と治療薬の研究に着手する。その過程で新型コロナウイルスのスパイクタンパク質は人間のACE2受容体にこれ以上ないほどぴったり合っているという事実を発見したのだ。(このあたりの科学的記述は複雑なので本書で読んでほしい)これは人の手によって操作されたものだ…。確信はあったが陰謀論者とは思われたくない。プレプリントサーバーに投稿した論文は完全に拒絶された。ちなみにプレプリントサーバーとは、学術的な審査を受ける前の論文を公開する サイトであり、通常は無条件に掲載され、拒否されることはほとんどない。

ようやく一つのプレプリントサーバーに掲載された論文が自国オーストラリアのニュースキャスターである本書の著者の目に留まり、インタビューを受けたことで新型コロナは自然由来であるという定説に一石を投じることとなった。

同じ見解を持つ科学者たちがようやく声を上げ始める。本書の真ん中に当たる14章の「声をあげる科学者たち」に世界中の専門家たちが得意分野で様々な発見をしている様子が記される。例えば通常のコロナウイルスにはない「フーリン切断部位」と呼ばれる仕組みが、新型ウイルスの感染性を劇的に高めていることは、先のACE2受容体の特徴とあわせると、2つの変異が偶然でも同時に生ずることは 考えにくいという。

だがこれらの論文の多くもプレプリントサーバーに拒否されていた。動物起源説に異議を唱える論文だけでなく、ウイルスに特定の機能を持たせる「機能獲得研究」の論文も除外された。高名な医学雑誌は中国からの資金提供に頼り切っていた。関係は蜜月だったことが後日判明する。

武漢ウイルス研究所所長の石正麗(シージョンリー)がコウモリのコロナウイルス研究者として有名であり、非常に危険な研究―“病原体の伝染性と毒性の増加につながる実験=機能獲得(GOF)実験―を国外パートナーの監視の目が行き届かないところで行っていたことが明らかにされていく。

人間に特化したウイルスを遺伝子操作で作る、これは生物兵器製造に繋がり、事故によるパンデミックを引き起こしかねないと研究者たちからの反発を受け、2014年、オバマ元大統領は機能獲得実験への資金拠出を停止した。だが研究は中国の学者とともに継続していた。。その上トランプ政権下では、政府資金が密かに中国へ還流していたことが遺伝子組み換え食品を調査するリサーチャーの手によって判明する。その急先鋒がアメリカ国立衛生研究所のアンソニー・ファウチ博士であった。そう、コロナウイルスは自然発生であると最初に断じた学者である。

機能獲得(GOF)によって、罹患させる人種を選択できるという可能性まで示唆されている。初期のころ、日本人がかかりにくい理由が様々考えられたが、もしかすると…と。いやさすがにそれはないだろう。

事故か故意かはともかく、研究所から流出したとして、それはいつかも凡そが判明した。各国諜報機関や、匿名のインターネット上の調査機関は現在、中国政府によって消されたか秘匿されたデータを暴き出しつつあるようだ。電脳空間での戦いは熾烈を極める。

実際のところ、新型コロナウイルスの流出説は一つの仮説である。真実はやがて明らかにされるだろう。だがごく初期の、流行が2年以上続くとは誰も思っていない段階で「自然発生」と結論付けられ、それ以外の説は「陰謀」とされて調査した著者を含めたごく少数のジャーナリストたちの調査は封殺され続けたのは異常だと感じる。

著者が幸運だったのは、欧米と距離を置き、比較的早く渡航禁止をしたオーストラリアのジャーナリストで、かつ新型コロナウイルスのスパイクタンパク質は人間のACE2受容体が人為的に加工されていると唱えたニコライ・ペトロフスキー博士がオーストラリア人だったことにあると思う。オーストラリア政府も柔軟に受け入れる度量があった。

私は、本は冒頭から順に読むことを勧めている。しかし本書に関しては、専門家でない限り最終章の「流出説を支持する理由」と「あとがき」から読んでほしいと思う。未曽有の厄災がなぜ起こったのか、誰がどのように動いたのか、流出説が陰謀であるといわれたのはなぜなのかというアウトラインをつかまないと、この複雑な一冊を読み通すのは難しい。(私は二度読み、付箋の箇所はメモで抜き書きした)あくまで「仮説」であるということを念頭に置き、この入念な調査報告書に驚いてほしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

作者: マイケル・ルイス,Michael Lewis
出版社: 早川書房
発売日: 2021/7/8
  • Amazon
  • Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

『マネー・ボール』『世紀の空売り』など数々の傑作を生み出してきたマイケル・ルイスが明らかにしたアメリカのパンデミック対応最先端。HONZ田中大輔のレビュー 

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!