『一生モノの物理学』いま日本の「物理力」が危ない!

2022年7月18日 印刷向け表示
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作者: 鎌田 浩毅,米田 誠
出版社: 祥伝社
発売日: 2022/3/1
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物理学は現代社会を動かす基本原理となっている。そもそも「物理」とは物の理(ことわり)という意味であり、「物理学」は自然界の現象を支配する法則について理解・整理することを目的とした学問だ。

江戸時代後期から明治初期には、「理を窮める学問」という意味で「窮理学」(きゅうりがく)と呼ばれていた。すなわち物の本質そのもの、すなわち「物の理(ことわり)」を知る学問なのである。

物理学には現象の持つ性質を実際に確かめてみる「実験」と、それが成り立つ原理を突き詰めて考える「理論」の2つの方法がある。この2つが車の両輪のように合わさりながら、物理学の体系をつくっている。

実験と理論の両方を使って物の本質を探ることで、宇宙に起きている様々な現象の原因や原理を知ろうとするのが「物理学」なのである。

こうした学問は大学では「理学」に分類され、社会に直結して役立つ何かを創り出す「工学」とは分けられている。だから物理学は、直接的な社会貢献を目的とする工学、農学、医学、そして薬学などとは異なり、「物事の根本を突き止める」目的意識の強い理系学問といえるだろう。

とはいえ、社会に直結しない物理学でも、現実世界の役に立っていないわけではない。むしろ物理学は自然科学の基本となるもので、他の理系学問すべての根底にその考えは息づいている。

一例を挙げれば、部屋に電球が灯り、電車で会社に出勤し、スマホで友人と連絡を取り、ジェット機で海外旅行ができる……といった技術のほとんどが、物理学によって発見された法則によって機能している。よって物理を基盤とする科学技術は、ビジネスパーソンにとって必須の教養といっても決して過言ではない(成毛眞『39歳からのシン教養』PHP研究所)。

本書は地球科学者の私と予備校のカリスマ物理講師との共著だが、2人とも「日本人の物理の知識は、中学生止まり!?」という共通の懸念から執筆企画がスタートした。これまで高校生向けの勉強法の本を一緒に作った仲間でもある(『一生モノの受験活用術』祥伝社新書)。

実は、物理は高校生に余り人気がない。国公立大学志望の文系生徒とが受ける理系科目の中では、「物理基礎」の受験者数が圧倒的に少ない。さらに私立の文系学部では理科が受験科目に設定されてすらいない。また、理科のうち2科目の受験が必要な国公立大の理系志望者では、物理の延べ受験者数は4割弱にとどまっている。

その結果、大学を卒業した学士でも高校内容の物理をある程度理解できている人は半分にも満たず、特に文系出身者の物理知識はなんと中学生止まり。今まさに「日本の『物理力』が危ない」のである。

さて現在、物理の研究対象は経済活動にまで範囲を広げ、「経済物理学」という分野まで存在する。経済物理学とは物理学の手法と概念を利用して、膨大なデータを解析することで実際の経済現象を予測する学問だ。1990年代頃から統計物理学者たちが株式や為替、先物などの市場研究に乗り出して本格的な研究が始まった。

具体的には、流体力学や量子力学などの従来の物理学や、カオスやフラクタルといったまったく新しい概念を用いて、複雑で不安定な市場経済の世界を明らかにする。力学や電磁気学と同じように、市場の動きを支配する自然法則を突き止め、科学の要件である「予測と制御」を満たそうとするのだ。

こうした市場経済同様に複雑な仕組みを物理学を用いて理解しようという研究手法は、地球などの複雑系を扱う際にも非常に威力を発揮する。私の専門である火山学もそうで、世界有数の火山国に暮らす日本人研究者が様々な「物理モデル」を提唱し、世界の火山学をリードしてきた。

ここで「物理モデル」を立てる際には特有の方法論がある。そして「物理モデル」の考え方そのものが自然現象の解析だけでなく、ビジネスの場面でも役立つ汎用性のあるものなのだ。

地球科学でも経済学でも解析する目的は、多くの観測事実から「現象の背後にある数理構造の全体像」を明らかにすることにある。言い換えれば、多様性にあふれた現象から繰り返して計測される「傾向」を抽出し、地球や経済に普遍的な法則を導き出したい。

それが実現した暁には、個々の複雑現象の持つ「魅力的な個性」と、現象全体を冷たく支配する「普遍則」との美しい「関係」が見えてくる。物理学者のみならず地球科学者や経済学者の共通する夢でもある。

もともと自然界は極めて多様性にあふれ、かつ「個性」の強いものだから、現実の不思議な現象の数々を知ってからメカニズムを理解するという「博物学」的なアプローチも十分に成り立つ。

事実、地球科学や経済学はこうして発展・展開してきた(鎌田浩毅著『世界がわかる理系の名著』文春新書を参照)。これに加えて、地球や経済現象を支配する普遍的な「物理モデル」を構築することも大切なアプローチとなる。

いずれの道をたどるにせよ、「個性」と「普遍則」との絶妙な「関係」を理解する、という科学本来の面白さが、物理学と提携する諸学問にはあるのは間違いない。

さて、こうした物理知識が日本人の大多数で中学レベルに止まっている現状は、由々しき事態と言わざるを得ない。なぜX線で物が透視できるのか、ノイズキャンセリングはどのような仕組みか、どうやってリニアモーターカーは走るのか、といったことについて、多くのビジネスパーソンは原理を説明できない。

だから物理に明るい人と物理を苦手とする人では、自社製品の仕組みを理解すること一つとっても差がつくだろう。さらに販売や宣伝になれば、原理がわかっている人とそうでない人では、おのずと説得力に大きな差が出る。

そもそも科学技術への理解に乏しい人物が、次の時代に通用する革新的なビジネスプランをひらめくことは非常に難しい。諸現象に通じる物理を理解していないのは、それだけで大きな損失なのだ。

実は、物理を学ぶことによって、自分が直面した課題を簡略化・抽象化する能力が身につく。多くの課題は一つの要素のみからできているのではなく、複数の要因が影響を及ぼし合いながら課題を構成している。こうした場合、物理では最も重要な要素だけを抜き出し課題の一般化と抽象化を行い解決へと導いていく。

本書は物理に苦手意識を持つ人に向けて、高校物理の内容をゆっくり復習しながら身につけられる再学習書である。一見、難しそうな物理の法則を、ビジュアルでわかりやすい図を用いて、数式が読めない人にも直観的に理解してもらうように工夫した。

特にビジネスにも関連する最先端医療の話題など、親しみ易いトピックスを紹介しながら解説した。全ての章を物理の予備知識なしに始めているので、気軽に読みながら物理の考え方に親しんでいただければ幸いである。

作者: 成毛 眞
出版社: PHP研究所
発売日: 2022/6/21
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作者: 鎌田 浩毅,研伸館
出版社: 祥伝社
発売日: 2016/4/28
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作者: 鎌田 浩毅
出版社: 文藝春秋
発売日: 2009/2/20
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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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