『ある行旅死亡人の物語』あなたは誰?身元をたどる渾身のルポルタージュ

2023年2月4日 印刷向け表示
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作者: 武田 惇志,伊藤 亜衣
出版社: 毎日新聞出版
発売日: 2022/11/29
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「行旅死亡人」とは病気や行き倒れ、自殺等で亡くなった身元不明の死者を表す法律用語である。死亡人は身体的特徴や発見時の状況を官報に公告される。

映画やミステリー小説でも良く登場する”誰かわからない”遺体。その身元を新聞記者が突き止める過程を記したのが『ある行旅死亡人の物語』だ。

共同通信大阪社会部の遊軍記者、武田惇志は記事のネタ探しのため官報に掲載されている「行旅死亡人」のサイトを閲覧していた。そこで目に留まったのが亡くなったときの「所持金ランキング」。一位は尼崎市の自宅アパート玄関先で発見された七十代と思しき女性で、なんと現金で約3500万を持っており、さらに右手の指が全て欠けていたという。すでに火葬され遺骨は尼崎市が保管していた。

発見から一年以上経っていたが、続報は見つからない。市の保健福祉センターに問い合わせると、こんな答えが返ってきた。

「タナカチヅコさんの件ですね」

この人は生前「タナカチヅコ」と名乗っていたらしい。残された財産を管理するために、家庭裁判所で相続財産管理人として選任されていた太田吉彦弁護士に連絡を入れると、亡くなった方には個人情報保護法や守秘義務は発生せず、警察の調査でも判明しなかったので報道してほしい、という。

判っているのは、この女性は同じアパートに40年近く住んでおり、年金手帳は見つかったが他に身元を調べられるものはは何もなく、右手の指の欠損は労災事故で、病院のカルテもあった。

だが本籍がわからないので死亡届が出せない。アパートの賃貸契約は田中竜次という男性だが同居していた様子はなく、家賃は現金で毎月大家に届けられていた。

部屋に残る手掛かりといえば「沖宗」という印鑑と謎めいた星型マークのペンダント、数十枚の写真。指を治療した病院では「広島出身で三人姉妹」と言っていたらしい。調べても何も出てこないので、某国の秘密工作員ではないかとまで憶測されていたという。

警察が行き詰ったあとは探偵の調査も行われたが、結局わからないまま一年以上が経過していた。

興味を持った武田は同僚の伊藤亜衣を誘い取材を始める。とはいえ雲をつかむような話なので、まずは広島には多いという珍しい苗字「沖宗」を調べ始めると、自分のルーツを探る目的で”沖宗”姓を調べているブログを発見。そこから細いながらも繋がった、人から人へ取材を続けていくと、意外にも身元は早くは判明した。DNA検査でも親族であることが証明された。

さらにこの女性が故郷の広島で過ごした学生時代や就職先の友人が見つかり、オキムネチヅコの暮らした痕跡は少しずつ判明していった。

人の記憶とは面白いものだと思う。聞き込み調査で一つのことを思い出すと次々と記憶の扉が開き、確かにその人が存在していたことが取材者にも実感されていくのだ。

残された約3500万円の謎は本書で読んでほしい。この調査で一人の行旅死亡人のお骨は故郷のお寺に帰ることが出来た。(ミステリマガジン 2023/ 3月号)

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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