科学の名著を再読しよう! 『科学革命の構造 新版』

2023年12月12日 印刷向け表示
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作者: トマス・S・クーン
出版社: みすず書房
発売日: 2023/6/13
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トマス・クーンという名前を聞いたことがある人は少なくないだろう。『科学革命の構造』 という科学古典の著者だが、ちゃんと読んだ人は意外と多くない。

科学の歴史を見ると、天動説から地動説、またニュートン力学から量子力学へというように、革命的に大きく見方が変わるイベントが何回もある。

今から60年ほど前、マサチューセッツ工科大学の科学史教授の著者は、こうした革命の構造を「パラダイム」と「パラダイム転換」と言う言葉で鮮やかに分析した。

パラダイムとはある時代に当然のことと考えられている認識方法や価値観で、それが劇的に変化するのがパラダイム転換である。

科学者は自然界の観察や実験から知識を積み上げて世界を理解していくが、こうした「通常科学」の時代が長く続いた後、既存のパラダイムではうまく説明できない事象がたくさん見つかり危機的な状況が現れる。

そこで全く新しいパラダイムが提案され「科学革命」が起きるのだが、その提唱者はたいてい若者か変人である。

私が専門とする地球科学では、地球の活動を垂直運動で見る「地向斜」(ちこうしゃ)理論が破綻し、水平運動で説明する「プレート・テクトニクス」理論によるパラダイム転換が起きた。

これによって地震・火山・造山運動などの複雑な現象がシンプルに説明できるようになって、地球科学は革命を迎えた。ちなみに、このパラダイム転換を起こしたのはウェゲナー(1880〜1930)という変人学者で、生前は認められなかった「大陸移動説」が死んでから数10年たって劇的に復活した。

さて、トマス・クーンが提唱したパラダイムの概念は、その後拡大解釈されて世界中で使われるようになった。パラダイム転換が継続的な累積から生まれるのではなく、あるとき突然始まるのはビジネス世界でもよくあるからだ。

ちなみに、本書のタイトルにも「構造」とあるように、物事を構造で捉える見方は極めて重要である。

そして正しい戦略は努力の積み重ねだけから見えるものではなく、旧来の方法を捨てる大胆な「モノの見方の転換」から初めて得られることが多い。

つまりパラダイムとパラダイム転換は、科学に携わる者だけでなくすべてのビジネスパーソンにとっても参考になる。というのは、本書は自然界に限らず全ての現象を「構造」を解き明かすことによって本質を掴むことの重要性を説いているからだ。

それについて面白い見方がある。パラダイムとは本書の刊行から60年経った現代では「考え方の枠組み」として用いられることが多いがやや異なる。

ウェゲナーが100年ほど前に大陸移動説を主張した『大陸と海洋の起源』(ブルーバックス)やニュートンが物理学を体系化した『プリンキピア』(ブルーバックス)などの著作そのものがパラダイムなのだと言う。

こうした具体的なテキストと付帯する図版があれば、当代と後世の研究者たちがそこに書かれた事実と概念に対して批判及び検討を行うことが可能になる。

だから自然科学においても著作の存在は重要で、それらがいかに社会に対して受容され反発され世界を変えていったかを逐次検証することができる。そてはプロの科学史家だけでなく科学のリテラシーを持つ一般市民にも可能なことなのだ。

ちなみに、こうした観点から私も『世界がわかる理系の名著』(文春新書)を執筆してみた。本書もこうした観点から、だいぶ昔に読んだという方もぜひ再読していただきたい。

さらに「宇宙船地球号」の乗組員を待ち受ける不透明な未来、すなわち「想定外」に満ちた世界を生き抜くには、絶えず現行のパラダイムに対する疑義を密かに頭の中で用意することが肝要なのだ。いったんパラダイム転換を経験すると、問いの立て方から理解の仕方まで全て変わってしまうからである。

クーンが明快に解説している科学革命の具体例から、これらを成し遂げた先人達の思考過程を読み取って欲しい。こうした戦略的な思考を読者に促す点も、本書が科学者のみならず全世界で受け入れられる素地になったのではないか。  

なお、こうした重厚な科学書の読み方だが、私はこれまで古典的著作は巻頭のはしがきや巻末の解説から読み始めることを薦めてきた(鎌田浩毅著『理科系の読書術』中公新書)。

本書は冒頭に哲学者のハッキング教授による親切な「序説」が用意されているので、ここから始めて本文に進んでいただきたい。古典を広めるため18年もかけて正確さとわかりやすさを追求した青木薫氏による見事な新訳でもある。

科学革命を通じて人類の認識構造の転換を知りたい、知的好奇心に溢れるビジネスパーソンに薦めたい。常識を超える思考がいかに形成されたかをフォローできる絶好の読み物である。

作者: アルフレッド・ウェゲナー
出版社: 講談社
発売日: 2020/4/16
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作者: アイザック・ニュートン
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作者: 鎌田 浩毅
出版社: 文藝春秋
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作者: 鎌田 浩毅
出版社: 中央公論新社
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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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