著者インタビュー『生命誕生』 中沢 弘基氏なぜ生まれたのか? なぜ進化したのか? 科学史上最大の謎が今解き明かされようとしている

2014年6月4日 印刷向け表示
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–海でないとすると、生命はどこで誕生したのでしょうか。

中沢:生命が誕生するまでに有機分子がたどる過程は多段階でさまざまです。「生命はどこで誕生したのか?」との御質問が、生命機能を開始した最後の段階を指すとすれば、答えは「海底の地下の、熱水の通る厚い堆積層の中」だと言えます。それら“原始生命体”は、遅くとも34億年前には地下の厚い堆積層の中に「地下生物圏」を造って、次に海洋に出て適応放散する機会を待っていたでしょう。

でもそれまでに有機分子が自然選択されるいろいろの段階はそれぞれ異なった場所でした。最初の自然選択は、隕石海洋衝突で生成された多様な有機分子のうち、水溶性の生物有機分子だけが自然選択される過程で、それは海水中でした。その後有機分子は粘土鉱物に吸着して沈殿し、厚い堆積層の下部で高温・高圧の厳しい条件を、高分子になることによってサバイバルしました。その後もいろいろあって、「生命誕生」はその最後の最後の結果です。したがって有機分子が生物になるまでは海底の地下、厚い堆積層の中で進化しましたから、それらを含めると「地下深部で生命は誕生した」と言えると思います。「生命の地下発生説」です。

–地中奥深くで生命が誕生したとの仮説ですが、生命活動に必須な水が不足しないのでしょうか?

一段式火薬銃で用いる「弾丸」(飛翔体)。直径3㎝、厚さ2㎜のステンレス製円盤に、火薬の爆発圧を受けるプラスチック製の栓(白い部分、長さ5㎝)が貼り付けてある


中沢:
隕石海洋衝突によって有機分子が生成される過程から、それらが自然選択によって進化するすべての過程で水が関与し、水がなければ分子進化は生じません。しかし、その「水」はおだやかな水だけではなく、超高温の水蒸気であったり、超臨界水であったり、あるいは高温の熱水です。状態が変わっても、すべては「水」が多量にある環境でした。そして分子進化の最後に、生命が誕生し生物が進化する過程は海底下の堆積層中ですが、そこには鉱物粒の間隙を縫って微細な、水や熱水の流路がありますから、生命活動に必要な水に不足することはありません。

–確かに言われてみれば、「生命地下発生説」は説得力がありますね。にも関わらず、なぜ多くの科学者たちはこの説を思いつかなかったのでしょうか?

中沢:はっきりした理由はわかりませんが、想像するに、地球科学の進歩によって生命が発生した頃の原始地球の様子がわかってきたのが、20世紀の終わりころからでしたから、それらの情報が有機化学を中心とする、これまで生命の起源を研究していた人達にまだ十分に伝わっていないことが理由ではないかと思います。また逆に、これまで生命起源の研究が、有機化学を中心に進んできたために、地球惑星科学の中で正面から取り上げられてこなかった、という事情もあると思います。今後、地球惑星科学的な視点からの研究が進み、他の分野にその成果が広く知られて行くにしたがって、理解されるものと思っています。

–本書では、地球表面を覆うプレートがマントル対流によって移動するプレートテクニクスが生命誕生に決定的な役割を果たしたとの記述があります。生命誕生とプレートテクニクスが結びつくなんて驚きですね。なぜそんな着想を得たのでしょうか。

中沢:確かに、この着想にいたる過程は、オリジナルな良い演繹だったと自負しています。モンモリロナイトを研究するグループを組織して15年、そこそこの成果を挙げることができましたが、生命の起源については、注目すべき成果を挙げられませんでした。ミラーの実験、リボザイム、RNAワールド、タンパク質ワールド、古細菌、生物三界説、セントラル・ドグマ・・・・・・などなどなど、生命の起源をめぐる膨大な知識に溺れていて、研究の手掛かりがつかめなかったのです。

その理由は、これまで知られている膨大な事実を整理して、生命の起源にいたる“軸”と言うか、あるいは大局観とかパースペクティヴ(perspective)というべきものを、自分が持っていなかったからだったのです。この点に気がついたのは、粘土の研究グループの解散を控えて研究所を退官する1、2年前でした。大学の非常勤講師を引き受けて、生命の起源を講ずる準備をしている時でした。分子から高分子、高分子から組織体へと「有機分子は進化した」とするオパーリンの説を図に表現していて、その図に「どうして?」「なぜ分子は高分子に進化したのか?」という理由を示せないことにショックを受けたのです。生命の起源、すなわち分子進化を研究するつもりでいて、「なぜ分子は進化するのか、進化しなければならないのか?」の物理的必然性を理解していないことに気付かされたのです。

そして長いこと思索した結果が、本書第2章で説いた、分子も生物も、そして固体地球も、すべからく進化は熱力学第二法則に従った現象だ、と言う着眼でした。物理では当たり前のことです。火の玉だった地球が熱を放出し、エントロピーが減少することが、分子や生物が進化しなければならない理由だったのです。そうだとすると、原始地球が冷却する過程を化学的に見ることで、有機分子の生成から生命誕生まで、自然に理解できるはずです。隕石爆撃やプレートテクトニクスなど、地球進化の諸現象によって有機分子が自然選択された結果が生命誕生だったのです。

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