HONZがこうして活動していられるのも、ひとえに良質なノンフィクションを送り届けてくれる人たちの存在があってこそだ。HONZメンバーの中にも、日頃は本を送り出す側の人たちが数多く在籍している(物流、内定者含む)。そんな本のプロフェッショナルたちが選んだ、今年の一冊はいかに?
足立 真穂 今年「最もやっちゃった」一冊
「なんだろう?」と思わず手に取ってしまったのがこれ。帯はついているもののカバーはなく、布貼りの瀟洒な本です。で、「37の書き下ろし詩 特製しおり付」と帯に書いてあり、谷川俊太郎さんの詩集なのでした。
仕様は、「B6判変型/上製クロス貼り、3c全面箔押し」。「上製クロス貼り」というのは、布貼りのハードカバーのことで、青・白・金の3色の箔が位置と力加減を工夫つつ押されています。職人の手で、1色ずつ。だから一冊ずつ表情が変わる。
おまけに、谷川さんの言葉たちの動きや遠さや近さを、本という物質にどうやってするか、悩み抜いたブックデザイナーの名久井直子さんは、「この詩集のためだけの特別な紙」を作るところから始めるのでした。って、えええ、これさらっと書いているけどすごくないですか!!??
というわけで、「紙から作る」という「やっちゃった」感にすっかり楽しくなったのでご紹介します。この新しく生まれた紙は「印刷用竹簀目(たけすめ)鳥(とり)の子(こ)」。優しい空色が文字を包みます。
塩田 春香 今年「最も愛を感じた」一冊
「この本は虫屋たちの昆虫賛歌。さあ、愛をもって虫を語ろう!」という帯のとおり、小さな虫たちへの溢れる愛が、細部にまでこだわりの本となって昇華している。
執筆はNPO日本アンリ・ファーブル会のみなさん。奥本大三郎先生監修のもと、やくみつるさんやカブトムシゆかりさんも寄稿している。日本を代表する100種の昆虫を選び、美しい写真と学名や分布などの図鑑的データ、そして思い入れたっぷりの文章で紹介している。添えられている手書き文字のコメントもよい。「宝石のような見目形 でもちょっぴり荒くれもの(ハンミョウ)」「夫婦仲がとってもいいんです(オオクワガタ)」「お尻からあぶない液体を出すよ(マイマイカブリ)」……。時折出てくる漫画もほのぼのとしていて、読んでいて幸せな気持ちになった。
じつは本書は朝会でも紹介したのだが、『冒険歌手』が強烈すぎて参加者の記憶から消し飛んでしまったようなのだ。『冒険歌手』は導火線のない爆弾のような本、HONZが起爆剤になったのならば嬉しいのだが、一緒に紹介した本書や山極寿一先生の『ゴリラ』までふっ飛ばしてしまったのは、大きな誤算であった。
田中 大輔 今年の「おいしい生活な」一冊
今年はクラフトビールにはまり、たくさんのビアフェスに参加しました。そんなビールクズを自称する私ですが、ある本との出会いをきっかけに、ワインという新境地を切り開くことができました。『男と女のワイン術』タイトルがなんとも甘美でいい響きです。
今まで適当にワインを買っていましたが、この本を読んだことで、自分好みのワインというものが、なんとなくわかるようになってきました。白ならブルゴーニュのシャルドネ、赤ならボルドーのメルロー。これを基準にして、果実味、辛口、酸味、渋みで味を表現していく。
ヨーロッパ産とニューワールド産の味の違いもわかるようになりました。 また料理の色にワインを合わせればいいという考え方も参考になります。ヒレカツをソースで食べるときは赤。塩で食べるなら白。トマトソースのパスタなら赤、カルボナーラなら白。この法則で様々なマリアージュを楽しむことができ、今年一年とてもおいしい生活をおくることができました。
また女性と外食をする際にも、この本はとても使えますよ。 続編の『男と女のワイン術2杯め』がつい先日出たばかりなので、年末に読んで、来年はさらに充実したワインライフをおくりたいところです。
野坂 美帆 今年「最も子ども受けの良かった」一冊
本はいつも給料日の前、生活費が余ったら購入する。こっそり買うのだが、子どもたちは目ざとく母の本が増えていることに気付き、無駄遣いを咎めてくる。ここから母のプレゼンという名の言い訳が始まる。
今年一番それならば面白そうである、と認められたのが『生きものたちのつくる巣109』だ。巣、生きものが身を隠し、休息し、卵を産み、食事をする場。一時的に作られた簡素なものから、アリのように多数が寄り集まる複雑な構造のものもある。自分で作る生きものもあれば、他の生きものの巣に共棲するものもある。そもそも生きものはなぜ巣をつくるのか、自らの生活空間を独立させ区切るのか、作られた巣の構造は、この種の生きものがこの構造に至る理由を想像するに、などと延々と巣の不思議を説き、稀なる巣のイラスト図鑑の有用性を主張したのだった。
子どもたちも徐々に盛り上がり、皆で本を眺めたわけなのだが、煙に巻いた気がしないでもない。しかし、きっと将来生きものに思いを馳せたときに思い出される一冊となる、はず。そういえばHONZで紹介しそびれてしまったけれど、こういう図鑑は面白い。大好物なのだ。来年も面白い図鑑が出版されることを願っています。
古幡 瑞穂 今年「のうちに読んで欲しい」一冊
昔は皇室に動きがあれば週刊誌が売れ、政治が動けば総合誌が売れ、株が動けば四季報が売れていた。最近ではそういう流れも遠い昔話になりつつあるが、今年「山口組紛争にともなって実話誌が売れている」という話しを聞いた時はなんだかとても(不謹慎ながら)嬉しい気持ちになったものだ。アサヒ芸能は今年を代表する1冊と言ってもいいかもしれない。
さて、ヤクザ関連事件が業界を揺さぶった今年、小説ジャンルに凄い本が出現した。それが『孤狼の血』だ。暴対法施行前の昭和63年、広島で発生した暴力団系列会社の社員失踪事件を巡ってぶつかり合うヤクザと警察官が描かれたもので、ジャンルとしては警察小説といえる。しかし、描かれる警察官の方も、ただものではない。暴力団との癒着を噂され、組長とも互角に渡り合う姿、組織になじまない姿は「孤狼」そのもの。警察と暴力団の矜持をかけた戦いにしびれた。
現代の理屈では、暴力団もこんな刑事も存在すら許されていないものになっている。ただ、闇は変わらず存在し、血も流れ続けているのだ。デビュー以来「正義」を世に問い続けてきた柚月裕子がこの時代に投げかけた問いは重く心に響く。
この本は直木賞にもノミネートされた。2016年、さらに多くの注目を集める作家、作品になることは間違いない。今年の本は今年のうちに。ぜひ年末年始に愉しんで欲しい。
吉村 博光 今年「最も血が騒いだ」一冊
2014年に、『壽屋コピーライター開高健』(たる出版)という本のトークショーやフェアを、次々と本屋さんで実施していただいた。古いトリスの広告紙面(サントリー提供)をパネルにしたフェアは注目を集め、文庫本を大人買いするお客様が相次ぎ、棚ざしになっていた文豪作品に再び光をあてることができた。そして今年、講談社から『佐治敬三と開高健 最強のふたり』という本が刊行されるときいて、私は思わず飛び上がった。
早速、読んだ。そして、ザワザワと血が騒いだ。本書は、快進撃を続ける企業を扱ったビジネス書でもある。開高健を知らない若い世代でも、サントリーという企業は知っている。ここから、新しい開高ファンを生み出す取組みができるのではないか。サントリーという会社にはエトヴァスノイエス(何か新しいこと)に挑む精神があると、本書には書かれている。この素晴らしい言葉が、私の血に注入され、居ても立っても居られないザワザワを生んだのだ。
ウイスキーもビールも最初は逆風だったが、いまや看板である。できるうちに、新しいことを始めなければ生き残れない。早速、私は実践にうつしたのである。
刀根 明日香 今年「最も本質に迫った」一冊
意識しないと言葉に出来ない。そのもどかしさを胸に抱えながら、人間誰しも生きているはずだ。たまに救世主が現れて、ずばりと言い当てることがある。私は、目の前の救世主を見て、「どうしてこの人は私の心を読めるのだろう」と不思議に思うと同時に憧れもしていた。
井田真木子さんは、「言葉に飢えている」取材対象者に言葉を授ける、まさに救世主のような人だ。言葉を意識下から辿りよせるために、長い時間共に行動し、相手の生活に徹底的にコミットする。時には相手に同化し過ぎて精神不安定になることもまぬがれない。
同時に歴史的背景を彼女なりに理解し、時代がどのように影響しているかというのもきちんと考察する。すべてが腑に落ちたときに丁寧に言葉を紡ぎ始める。
今まで読んだ本のなかで、最も純粋な本が『井田真木子 著作撰集』だった。物語の本質に完璧に追求する姿勢に圧倒された。純粋というのは、小手先のテクニックや安易な推測を徹底的に排除している、という意味である。
井田真木子さんにとって、言葉は取材対象者の表現のほんの一部であり、取材を進め本質に近づくにつれて、彼らの表情やしぐさ、顔の皺一本一本までもが物語を語るようになってくる。語り手と聞き手が魂を込めて仕上げるノンフィクションなんて、私はこの先あと何冊出会えるのだろうか。
峰尾 健一 今年「最も不明解だった」一冊、あるいはコーナー
今年を振り返ると、というか、今年のHONZを振り返るとなぜか印象に残っているのが、6月1日付けで新編集長に就任した内藤順によって作られた新コーナー、「今週のSOLD OUT」である。
初回の宣言によれば、リアル書店などへの波及効果を目的に、その週にHONZで掲載された人気記事の中からAmazon在庫切れのものだけを紹介するという趣旨らしい。が、開始から1か月余りで「コーナーなんて、変えてしまえばいいんです」という発言が飛び出し、在庫ありの本でも取り上げられたり、はたまた在庫切れなのにスルーされたりと早くも方向性が不明解に。
その後も「役満SOLD OUT」、「予告SOLD OUT」、「空白のSOLD OUT」、「スカイラブハリケーンSOLD OUT」といった伝説の奥義(?)にはしゃいだり、「オレエロ詐欺」という謎ワードを生み出したりと不明解さは続き、HONZ外部のみならず内部にも戸惑いの色が広がった。
ちなみにこのコーナーが始まってから今日まで、内藤のおすすめ本記事との比率を数えてみたところ、[おすすめ本:今週のSOLD OUT=15記事:16記事]という結果が出た。この解釈については意見が分かれそうだが、ともかく、来年もその脱線ぶりや「対おすすめ本記事比率」から目が離せない…。
と、ここまで書いてきて、紹介本にまったく触れていないことに気がついた。本書は『弱くても勝てます』の高橋秀実センセイの新刊です。字数オーバーのため内容には触れられません(すみません)。そもそも「今年の1冊」にこんな文章を書いて大丈夫なのか、しかもこの原稿の送り先は当の編集長本人なのだが、と不安は尽きないが、「コーナーなんて、変えてしまえばいいんです」という言葉を信じてこのまま「送信」ボタンを押すことにする。