来年の夏には、5周年を迎えるHONZ。そんなHONZを初期から支えてきたメンバーたち。皆さん、あれから5歳ずつ年を取りましたからね! あまり好き放題、やらないでくださいね! フリじゃないですよっ!
内藤 順 今年「最も視野の広がった」一冊
視野が広がるーーしかも360度ほどに。見かけは普通の本なのだが、ぐるりと開いて表紙と裏表紙をくっつけると、360パノラマの富士山へ早変わり。精巧にデザインされたページ毎の連なりが、立体ジオラマの世界を作り出す。まさにリアル版・ストリートビューだ。
こちらは一級建築士・大野 友資さんが、新しい立体表現を模索する中で、結果的に本の体裁になったというスグレモノ。360度動画やVRが全盛となった2015年に、レトロな雰囲気が味わえるだろう。
だが制作までの過程においては、3Dソフトウェアで立体をモデリングし、放射状にスライスして1枚ごとのデータへ変換し、それをレーザーカットで作成していたというから、まさにテクノロジー進化の賜物なのである。ISBNコードを取得して、書店販売網へ送り出した「流通芸」としての側面からも視野の広さを感じる。
現在、書籍として購入できるのは、『富士山』と『白雪姫』の2種類。物語の微分/積分の双方が堪能できる本書は、パラパラ漫画とも飛び出す絵本ともひと味違う、見たことのない驚きに満ち溢れている。こんな本に出会えるから、やはり本屋通いは止められない。初夢は、ぜひ360度ビューでお楽しみください!
栗下 直也 今年「カバンが壊れたせいで読めなかった』一冊
今年、愛用していたカバンが立て続けに二つぶっ壊れた。仕事柄パソコンとカメラを持ち歩いているので、ある程度大きさが必要だが、容量を重視しすぎると機動性に劣る。そこそこ容量がありながら、デカ過ぎない。誰もがGカップアイドルを好きなわけではないのである。
そのように、理想の乳をもったアイドルを探すかのようにカバンを求めたら、簡単に見つかりっこない。大昔に使っていたカバンをクローゼットから引っ張り出し使っているのだが、問題が起きた。ハードカバーの本をぶち込むと、チャックがしまらなくなる。読書は移動時間などスキマ時間を使う私には死活問題だ。ハードカバーは家でビールを飲みながら読むことにしたが、ビールを飲みながら本を読んでいるのか、本をながめながらビールを飲んでいるのかわからなくなる。全く進まない。
フランスでテロが起きた時、本書はハードカバー本の例に漏れず、amazonから届いた箱の中に長い間眠っていた。セックスどころではないのかもしれないが、こういう時こそセックスなのかもしれない。と思って読み始めようとしたら、暫く経ち鹿島茂さんが書評を週刊誌に書いていた。雲の上の大家と張り合っても仕方がない。こちらは頁を捲ってもいない。鹿島さん曰く「ナチスから解放されたと思ったフランスはアメリカに性的に占領されてしまい、自尊心のトラウマに苦しむことになるのである」。みなさん、是非読んでみてください。
村上 浩 今年「最も盛りだくさんの内容だった」一冊
ネアンデルタール人とヒトが交配していたことをパラノイア的執念で明らかにした著者によるこの本は、古代のDNAから有益な情報を抽出するという新たな研究分野誕生の瞬間を、当事者の視点から活き活きと教えてくれる。この研究で得られた知見はきわめて重要で、今後の古人類学の土台となる一冊となるはずだ。
この本の凄いところはこのようなド直球の科学的面白さだけでなく、著者の率直な人柄がにじみ出る文章で、科学研究に伴う幅広いエピソードが語られているところにある。同性愛者であった著者が同僚研究者の妻に恋をしてしまい略奪婚にいたる、といったそれだけで一冊の本にできそうなネタがこれでもかと詰め込まれているのだ。PCRという画期的手法を生み出しノーベル賞を受賞しながら破天荒な生活を送るキャリー・マリスによる『マリス博士の奇想天外の人生』を髣髴とさせる。
また、新たな研究分野確立のため、新たな組織を一から作り上げていくさまは、イノベーションを生み出すために必要な環境、人材に対する示唆まで与えてくれる。しっかりとしたサイエンスを主軸に、人生の複雑さ、楽しさを多様な視点から教えてくれる、今年最も盛りだくさんの内容の一冊だ。 ※解説記事はこちら、青木薫のレビューはこちら
山本 尚毅 今年「この先20年は本棚に残すだろうと感じた」一冊
底知れない悲しさ、出口のない悩み、力及ばず忸怩たる思いをした一年だった。そんなときこそ、本で学んだ珠玉の科学的知識が身を助けてくれる。と思っていたが、浅はかな期待だった。半ば本に食傷気味だったが、懲りずに本屋を徘徊していたときに見つけた。(「麻木久仁子氏絶賛!」の文字が目に入った。)
著者は政治や社会学の著名なコラムニスト。本業のかたわら、趣味で神経科学や心理学については学び続けていた。それらの研究者は驚くべき洞察を積み重ねていたが、研究成果が社会に有意な影響を与えていないと思っていた。そして、その状況を変えるべく本書を世に出した。
本書の主人公は二人の登場人物エリカとハロルド、二人は幼少期から青年期を異なる環境で過ごし、出会い、結婚する。各々が仕事に没頭し、不倫あり離婚の危機あり、子供は授からず、順風満帆とは言い難いが、最期は穏やかな死を迎える。
刮目すべきは神経科学や心理学を、社会学や政治学、文化学などと融合し、伝記や小説の要素を加えた構成である。登場人物に感情移入しながら科学の知識が自然と入ってくるこれまでにない異質な本に仕上がっている。
そして、著者の狙いは少なからず、私の人生に有意な影響を与えてくれた。この先、人生の危機に直面したときには、必ず読み返すだろう。
久保 洋介 今年「最も書棚に飾ることをオススメしたい」一冊
年末くらいは積読本たちを整理し、見栄えある書棚で新年を迎えたいというのが本読みの普遍的な願いである(たぶん)。今頃、書棚を整理しながら今年買った本たちを思い返し、各書を書棚のどこに陳列するかをあーでもないこーでもないと思い悩んでいる人が(私以外にも)いるに違いない。
そんな世のマイノリティーたちに役立つのが本書のような書棚が映える「見せ本」である。「見せ本」を本棚に何冊か混ぜ込ませるだけで見栄えが断然良くなり、ついつい誰かに自慢したくなる棚が出来上がる。
今年、「見せ本」として私がオススメするのは本書。黒地に白色の明朝体で『石油の帝国』と書かれた背表紙は、シンプルだが、骨太で重厚感をかもしだす。飾ってあるだけで、本棚全体がビシッとしまる感じがする。
「見せ本」なので、必ずしも生真面目に読破する必要はない。HONZレビューを読むだけでも十分だ。「見せ本」を探すためにHONZを使って頂いても全然結構(かくいう私も、今一生懸命に「見せ本」を探し中)。
来年はHONZで「見せ本」企画をするのもありかも!? これからもHONZの成長に乞うご期待! ※レビューはこちら
東 えりか 今年「最も先を読みたいと思った」一冊
前作『図書館の魔女』はとんでもない物語だった。異世界ファンタジーなのに、現実の政治、経済、科学、土木、歴史を盛り込み不思議なことは何もない物語なのだ。その続編もまた凄かった。
物語はどことも知れぬ山の中から始まる。誰かに命を狙われている姫君ユシャッパと彼女を守る近衛兵、そして道案内の剛力たちが彷徨っている。その剛力の中に「鳥飼(とがい)のエゴン」という伝書烏遣いがいた。幼いころに事故にあい、顔の半分が崩れたうえに言語障害で、無能の者として軽んじられていた。彼と山中で助けた謎の少年がキーパーソンだ。
主な舞台は港湾都市クヴァングヮン。ユシャッパ姫が閉じ込められた娼館、地下水道を根城にする孤児たちと鼠、隻腕で謎の近衛兵カロン、首を切り落とす殺人鬼など、芸達者な登場人物が次々と登場する。だがこの物語の本質は終盤まで明かされない。前作の主役、図書館の魔女マツリカが登場し、様々な謎をひとつずつ解決していく過程の気持ちいいこと。
この作品はどれだけ大きな物語になるのか、著者の高田大介の頭の中をのぞいてみたい。早く続編を読みたい。ちなみの2016年には『図書館の魔女』が文庫化されるそうだ。
新井 文月 今年「最も予想を裏切った」一冊
著者はみうらじゅん氏。企画も営業も接待も全部自分でやる「一人電通」方式など独自のノウハウを公開している一冊(クライアントによっては「一人博報堂」)。これまで世の中に無かった仕事を、さも「ある」ものとし仕事とするまでの過程が綴られている。が、著者本人のキャラクターのせいか、本を読む抵抗感が全くない。小難しいことが一切登場せず、ただただ面白く読めるのである。にもかかわず実践的に役立つビジネス書として成立していることに驚いた。
私は特殊な本、ユニークな本でどうしてもプッシュしたい時は、原稿に加えてイラストを描き添えて紹介していた。だが、大抵反応は無いのである。たぶん心のどこかで絵を展開してやろうというエゴがあったのかもしれない。しかし今回のブロンソン(イラスト)は、みうら氏がいうように「自分はどうでもいい。純粋に皆にブロンソンを知ってほしい」という意味で描いたつもりだ。それが広く浸透される結果となった。
アイデアの閃き方やネーミングのコツなど、仏像や海女などブームを生み出してきた例をあげながら紹介するため非常に説得力のある場面も多い。こんなやり方もあるのか、と著者から学ぶことが多い一冊。レビューはこちら
鰐部 祥平 今年「最も併読すべき」二冊
今年も恒例の「〇〇な一冊」を書く時期がきた。今回は「今年併読すべき二冊」と題して二冊の本を紹介する。「おい!二冊かよ! 一冊だろうがよ! オラオラオラっ!」という内藤編集長の怒声が聞こえてきそうだが、あえて聞こえないふりをしよう。
一冊目は『シリアルキラーズ』である。二冊目は『暴力の解剖学』だ。この二冊には重複する内容がいくつも含まれている。それは暴力、特にサイコパス的な連続殺人者の話だ。前者はFBIのプロファイリングを基に、連続殺人犯をいくつかのカテゴリーに分け、その行動や心理を分析している。後者は犯罪神経学の視点からか、連続殺人犯を克明に描き出している。
前者には連続殺人犯の多くが幼少期に頭を負傷しているという統計結果が記載されている。しかし頭部の負傷がなぜ、連続殺人に繋がるのかはということは書かれていない。だが、後者を読めば、幼少期に頭部を損傷することが、脳にどのような影響を与え、どんな機能障害に繋がるかがわかる。また後者にはそのような犯罪者がどの様な犯罪パターンを持っていかという点は書かれていない。そこで、前者のプロファイリングに関する記述が生きてくる。このような知の融合こそが併読の醍醐味であろう。 ※『シリアルキラーズ』のレビューはこちら、『暴力の解剖学』のレビューはこちらとこちら
麻木 久仁子 今年「最も多く買ったジャンルの中から、選りすぐりの」一冊
この一年、最も買った本は、実は料理本でした。いま数えたら、なんと83冊!いま数えました!びっくり!そんなに買わなくてもと思いながらも、改めて背表紙をながめると、やはりそれぞれ個性のある本ばかりで、やっぱり買わないとね、と思います。
ロジカルクッキング、低温スチーム法、薬膳。和食洋食中華に韓国料理、メキシカン等々。ストウブで、無水鍋で、フライパンひとつで。野菜を、魚を、果物を。おもてなしの盛りつけ、ワンプレートの盛りつけ。冷凍保存法、野菜使い切り法、常備菜。
とにかくいろいろ買っては作ってみて、楽しかったです。50過ぎて、いくつか病気もして、やはり美味しいものをちゃんと食べようという、食に対する意欲が湧いた一年でした。魚を捌くお教室にも通ったりして、夜な夜な包丁を研いだりしてました。
大勢の料理研究家が様々な思想をレシピに込めている中で、もっとも感銘をうけたのは土井善晴さんの「あたらしい一汁一菜」の提案でした。和食というと、やれ出汁をとり、一手間懸けてと、いつのまにかハードルが高くなってしまっていますが、それは和食の中でも料理人が作り料亭で食べる料理。家庭の味はもっと日常の飽きのこないシンプルなもの。まずは一汁一菜という基本を見直して、複雑になりすぎた「和食を初期化」しよう!というのが土井さんの考えです。
具沢山の味噌汁に温かいご飯、小鉢のひとつもあれば、それは立派なお献立なのです。俄然やる気が出ました。出汁の味でごまかさないからこそ感じ取れる素材の味、という考え方もとても新鮮でした。
さて、本書はそんな土井さんのエッセイ集です。包丁やまな板、箸や布巾などの始末の仕方や、火加減や塩加減について。「あ、いまおいしそう!」と感じ取る感性の大切さや、季節ごとのおいしさの見つけ方など、土井さんの料理に対する考えが詰まってます。シンプルに、簡単に、そして飽きのこない日常の味を求めようと思うならば、生き方もまた、余分なものを削ぎ落してシンプルに。そして凛と。そんな思いを抱かせてくれる32のエッセイです。
新年を清々しい気持ちで迎えることが出来る、オススメの一冊です。皆様、よいお年をお迎えくださいませ。土井レシピで黒豆を煮つつ。
成毛 眞 今年の「日本人の99%には無用の」一冊
京王線は新宿を起点とし、東京の西部・高尾山まで横断する私鉄だ。いっぽうで井の頭線は渋谷と吉祥寺を結ぶ短い路線である。
沿線住民は双方合わせ100万人ほど。本書はその沿線について書かれた本なのだから、日本人の99%には無用・不要、問答無用に宝の持ち腐れだ。しかも、その内容はというと
・井の頭公園のスワンボートに1隻だけ交じる「オス」の謎
・調布市なのに、どうして市外局番が「03」?
・なんとびっくり!多摩川に「プール」があった?!
などなど、沿線住民にとっても不要不急、区間特急だ。どうでもいい話なのだ。われわれ井の頭線沿線住民としては
・井の頭線は「お情け」で京王の路線となった
などはかなり面白そうなのだが、知ったところでほとんど意味はない。
というわけで、無価値な本かというと、さにあらず。100万人の潜在読者がいれば、出版する合理性があるということを証明している本なのだ。店頭で面陳しているのは沿線の書店だけかもしれない。
HONZはけっしてベストセラーにはならないであろう、しかし本当に面白い本を紹介するのがポリシーだ。来年も日本人の1%だけを対象したようなサイエンス・歴史・アート・事件ものなど、掘り出し物を発掘しては紹介してみたい。それにしても本書は・・・まっ、いいかw
2016年もよろしくお願いいたします。
店主軽薄。
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長文にお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。それでは良いお年を!