最後のページは自由枠の人たちです。僕が自由枠の人たちに言いたいのは、一言だけです。「そこ、道じゃないかも〜」
久保 洋介 今年最も「年末年始の台所で活躍しそうな」一冊
年末年始の料理をしている時、野菜やら肉やらをザクザク切るときは無心に料理に集中できるが、具材を鍋やフライパンに入れて煮たり焼いたりしているとき、ついつい手持ちぶたさになってしまう人は多いのではなかろうか。そんな時に手にとってもらいたいのが本書だ。食べ物・飲み物にまつわるトリビアがこれでもかと詰まっている。
「アスパラガスを食べると、どうしておしっこがにおうの?」「歯磨き後のオレンジジュースはどうして苦いの?」「バナナと一緒に置いた果物はどうして早く熟すの?」などなど、ちょっとした化学トリビアが各章2ページの読み切り型になっている。
1つのトリビアを読むのに3〜5分で、ちょっとした合間にすぐ読みきれるのが台所にぴったりだ。年末年始、家族や子どもと一緒に料理しながら、本書で化学を学ぶのもなかなか乙な時間だろう。
え、カリカリベーコンはどうして美味しいにおいがするかって? それは本書を読んでのお楽しみ。おせち料理の味に飽きたら、本書読みながらカリカリベーコンを作ってみてください。
古幡 瑞穂 今年最も「HONZ読者に読んで欲しい」小説
本当は、この企画が発表になった瞬間から『漫画 君たちはどう生きるか』を1冊に掲げるつもりでいた。本の所有欲がない私ですら(だいたい読み終わると人にあげちゃうのよね)「これは子どものために残してあげたい」と思ったくらいの名著漫画化だったし、たぶん来年の出版業界は漫画×名著が一つのムーブメントになるだろう。ところがあれよあれよというまにベストセラーになったため、今さら推すのも恥ずかしくなってしまった。
ということで、路線変更。これで行きます。
この小説で描かれるのは天平時代、平城京。都にはびこる天然痘と医師との戦いが壮絶なまでの表現で描かれている。現代が舞台であればパンデミック小説と分類される小説だが、時代が違えども病気流行への気付きも、病と闘う人々や医師の知恵や努力は同じ。逆に医療技術や知識がない分、際立つのが「人」だ。老境にさしかかった中、自分の無理を省みず患者を救おうとする医師。災いに乗じ、贋の神を作りだした者、逃げた者。医師は免許によって作られるわけではなく、人を救う強い思いと、そのための知識と技術を身につける努力によってつくられるのだろう。そんなことを強く感じた1冊だった。
「天然痘の流行で都が乱れ、それを沈めるために奈良に大仏が建立された…」教科書で覚えたその1行の裏にあったであろう、名もない人たちの歴史に触れてみて欲しい。直木賞にもノミネートされ、来年のブレイクの可能性もばっちり。ぜひこの年末年始にオススメしたい。
吉村 博光 今年最も「スキャッティーな」一冊
本書が刊行された2014年3月は「笑っていいとも!」の放送が終了した頃だ。当時、我も我もと関連書が出ていた。へそまがりの私は、この本をスルーしてしまった。しかし今年、「家族に乾杯」が終わるわけでもないのに新潮社から『笑福亭鶴瓶論』という本が出た。私はその本を読み終え、著者に好感を覚え、本書を手に取った。
読んでみたら、メチャクチャ面白かった。この本のタイトルが『ハナモゲラ学』だったら、もっと早く読んでいただろうに、とたいへん残念に思った。でも商業的にみれば、書名に「タモリ」という当時大きな意味をもつ記号を入れたのは、当たり前田のクラッカーなことだ。私が、自分のことを「へそまがり」というのは、この「意味」を嫌うからである。
私がこの世に生を受けて、一番苦手だったのは儀式だった。不謹慎なことに、笑いがこみあげてきて堪らない。卒業式でも笑いがとまらず先生に怒られたが、一番ヤバかったのはお葬式だった。本書を読んだからには、もう笑うまい。傍から眺めると大体のことは、可笑しくて、愛すべきで、素晴らしいことだ。What a wonderful world!あ~、私もスキャットができたら良いのに。
アーヤ藍 今年最も「泣きながら読んだ」一冊
「日本一周の旅に出るけど、一緒に来る?」貧困と暴力が常に隣り合わせだった家族から逃れるように、母と娘二人が日本一周の旅へ。
筆者・田村真菜氏が当時10歳だったときの出来事をもとに、小説仕立てでまとめられている一冊。章ごとに、母、長女(筆者)、次女のそれぞれの視点から「旅」の記録が綴られていくため、「家族」や「親子」の関係性、感情のすれ違い、ぶつかり合い、愛憎の切なさやもどかしさ、苦しさや愛おしさが、一層浮き上がってくる。
家族であろうと他人は他人。でも、自分の子供は自分の「もの」のように思え、ゆえに、子供の不完全さが自分の不完全さに思えて苛立ってしまう感情。
親の「機嫌スイッチ」に怯え、次第に感覚を麻痺させていく。笑顔は生き延びるための精一杯の手段。「ありえない」と言われた時の突き放されるような感覚と、受け止めて欲しいという祈り。そして、「生きたい」「生きてやる」という強い意志。
リアルな経験から紡ぎ出される力強い言葉の数々が、普段は閉じている心の奥まで染み込んできて、最後にはぎゅっと抱きしめてくれるような感覚に、気づけば嗚咽するレベルで号泣していた一冊。
田中大輔 今年最も「自社本で面白かった」一冊
(ただしちょっと難あり)
HONZでは自社本を紹介しない決まりになっているので、面白かったけれど紹介できなかった本がある。『I LOVE YOU BUT FUCK YOU』という本だ。邦題を『外人女性交際マニュアル』という。邦題が好きではないので紹介しなかったというのもある。外人という言葉がよくない。外の人って失礼だろ!せめて『外国人女性交際マニュアル』というタイトルであればよかったのに。
タイトルは問題あるが、中身はとても真っ当である。日本人よりも外国人のことが好きな男性が、外国人と付き合うにはどうしたらいいのか?また外国人と結婚をするにはなにが必要か?ということをマジメに書いた本なのだ。ただ外国人女性とヤリたいだけの男はこの本を読まなくていい。そんなやつらは、「ソープに行け!」よろしく、海外の風俗に行け!
日本人女性と外国人女性の文化や考え方の違いについては考えさせられることがたくさんあった。外国人女性と仲良くなりたい男性諸氏には、ぜひ読んでほしい1冊だ。リレーションシップの大切さを説いているなど、この本は決して女性を軽視したものではないということだけは強調しておきたい。(でも女性にはあまりお勧めできない。)
山本 尚毅 今年最も「誰かに話したくなった」一冊
「時間」という言葉、ふだんはなんとなく意味を意識せずに気軽に使っている。そんな日常に飛び交う時間という言葉の使用を分析して、頭の中で時間をどのように考えているかを暴き出した一冊である。広辞苑と新明解の辞典での定義に攻め入り、やまとことばの「とき」と漢語の「時間」を比較したかと思えば、夏目漱石の小説を分析する。とにかく縦横無尽である。
なかでも「時は金なり(Time is Money)」については、世界を牛耳る(悪しき)メタファーとして分析し、そのさきにポスト資本主義のあり方までを考える。壮大である。時間のメタファーを変えることがテコとなり、世界が変わるのかもと思わせる。他にも時間は未来から過去に流れるのか、過去から未来に流れるのか、当たり前のように後者だと思われているが、言葉を分析することで見えてくるものは、常識を軽々と覆していく。
これまで時間は天文や物理が幅を効かせ、哲学が横槍をいれて、ときどき心理や経済が顔を見せていたが、そのスキマから出てきた時間の言語学。語りたかったけれど、語れなかった時間のウンチクを賢く語れるようになる一冊である。
東 えりか 今年最も「タイトルを変えないでよぉと嘆いた」一冊
11月の頭は、書評家が一年でいちばん本を読む時期である。読み逃した本を黙々と読み年間ベストを選ぶ。そこでとんでもない傑作にあたり「あちゃー」と頭を抱えることも多い。
とくに大変なのは文庫を選ぶこと。過去に読んで傑作だと記憶した本があればいいが、書き下ろしの本などに漏れのないように気を付ける。今回も時間をかけて選び、校了となった日のことだ。いつもの書店を巡回中、棚差しの本書が目についた。巻末を見て飛び上がった。
これ、『宮中賢所物語―五十七年皇居に暮らして』じゃないか! 10年以上も前、空前絶後の名著として何度も紹介した本だ。
開かれた皇室と言われながら、未だに皇居の生活は庶民には伺うことができない。その皇居の奥深く、天照大神霊代の神鏡を祭る賢所に、内掌典として起居し、57年間勤め上げた女性の貴重な記録が本書である。その驚くべき日常は、21世紀の世界とは掛け離れたものであった。平安時代から続くしきたりを重んじ、天皇が祭祀を執り行うための場所を、心身かけて守り続ける姿は神々しくもある。生活は穢れの意味を持つ「次」と清浄の「清」とに厳然と分かれ、代々に受け継がれてきた伝統に身も心も捧げる。造り酒屋の娘として生まれながら、運命のようにこの職に就いて半世紀以上。日本の根幹はこのような人に支えられているのかもしれない。
ああ、タイトルを変えるなら、せめて原題を添え書きしてほしい。この本を紹介できなかったことがあまりにも悔しい。というわけで、傑作です。天皇退位が近い今、この特殊な仕事がつい最近まであったということを、ぜひ知ってほしいのだ。
刀根 明日香 今年最も『歳をとっても忘れたくない』一冊
社会人3年目の年が終わろうとしている。周りの友達が転職云々でざわついてきた。今年の就活は「売り手市場」らしい。良好な人間関係やスキルアップを求めて、ベンチャー企業や外資系企業で挑戦するべき時期なのかもしれない。
力強い波が背中を押す。焦る。説得力のある波だと思う。ただ気持ちをちゃんと落ち着かせることができたのは、『五色の虹』を読んだからだろう。満州国の最高学府である満州建国大学の卒業生の人生を追った作品だ。日本、朝鮮、中国、モンゴル、ソ連と様々な国の出身者は、母国で歴史の波に翻弄され、決して彼らの能力や人格に対して適切な人生ではなかった。
読んでいて心に残るのは、彼らの勤勉さだ。捕虜収容所で人生に絶望しそうになっても、大学で学んだ教養が目の前の道を示してくれる。いつか会えるかもしれない卒業生との会話のために、語学習得を怠らない。時代に翻弄されながらも、教養を信じ、時には救いを求め、生き抜いた人々がいた。
何が大切なのか。職業か環境かそれとも人間関係か。幾通りもの生き方と考え方がある世の中で、本書から見える卒業生たちの日常は、一本の道しるべを私に与えてくれた気がする。これからも本とたくさん付き合っていきたいと思う。
峰尾 健一 今年最も「空回りした」一冊
レビュー原稿を途中まで書き、行き詰まり、そのまま放置し、結局なかったことに。そんな本がたまにある。 2通りのパターンがある。書きながら「やっぱり違った…」と気持ちが冷める時と、逆に面白すぎて空回りしてしまう時。後者の筆頭が本書である。
『夢売るふたり』『ゆれる』などの映画作品で知られる西川美和監督が、制作に打ち込むかたわら不定期で連載していたエッセイの書籍化だ。構想から完成まで5年を費やした2016年の作品『永い言い訳』ができるまでの歩みを中心に綴る。
細かすぎる人間観察や自虐エピソードにクスクス笑い、作品に関わる映画人たちの本気の仕事に胸を熱くし、緊張感の土台の上に築かれた本物の絆にジーンとさせられる。そして底にあるのは、究極的には孤独である映画監督の悲しい性と、苦悩を凌駕するような作品づくりの醍醐味だ。加えて文章もテンポ抜群で最高。そもそもひとつのエッセイとしてめちゃくちゃ面白い。極論、映画に興味がなくても面白いはず。西川節を堪能するだけでも読む価値あり。とりあえず、読めば分かる。読まなきゃわからない!
こんな風に収集がつかなくなったらもうダメだ。つまるところ「すごい」「読め」しか言っていない文章。かと言って冷静に伝えようすると、言い足りてない感じがして消化不良になる。ああ悩ましい……と考え込むうちに時が過ぎ、結局ボツに。
こうしたボツ本が原因で今年はたびたび締切を飛ばし、編集長には色々と「長い言い訳」をすることになった。その裏に埋もれた良書から1冊だけ光を当てることができるならば、迷いなく本書を選びたい。
仲尾 夏樹 今年最も「涙を流した」一冊
電車の中で読んでいた時、涙がこぼれた。本書は、ウートピの連載『女社長の乳がん日記』をまとめたものだが、幸いにも著者は健在だ。彼女の家族を思う気持ちに心打たれたのだ。
著者の川崎貴子さんは、女性のキャリア支援から婚活のようなプライベートのサポートまでする経営者だ。また、2人の娘を持つ母としても、忙しい日々を送っていた川崎さんは、2016年10月に乳ガンの告知を受ける。そして、告知を受けたその日に、自らの闘病を「乳ガンプロジェクト」と命名し、病気に立ち向かっていった。
闘病記でありながら、彼女の軽妙な筆致は、読んでいて決して暗い気持ちにならない。川崎さんは起業して、結婚して、子どもを産み、離婚してシングルマザーになり、再婚してまた子どもを産み、乳がんになって治療中と、これでもかと困難な目に遭っている。それでも常に気丈で前向きな姿に、こちらが勇気づけられた。
いつか私も自分の子供を持った時、彼女のように強く、たくましい母親になれたらと思う。本書は女性だけではなく、男性にもぜひ読んでほしい。川崎貴子という、実にカッコいい姉御の生き様を知れる一冊だ。
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2018年も読者の皆様にとって、素晴らしい本と出会える年でありますように!