『迷いを断つためのストア哲学』現代人が共感しやすい「普通」の感覚の哲学

2019年7月6日 印刷向け表示
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迷いを断つためのストア哲学

作者:マッシモ ピリウーチ 翻訳:月沢 李歌子
出版社:早川書房
発売日:2019-04-03
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「ストア派」は、紀元前5世紀のソクラテスの思想から派生したヘレニズム哲学の一派で、紀元前3世紀初頭にキプロス島出身のゼノンが創始した。「ストア哲学」ともいう。

ストアという名は哲学者のゼノンが、古代ギリシャの都市アテナイの列柱廊(ストア・ポイキレ)で自らの思想を説いたことに因(ちな)んだもので、英語の「ストイック」はこれを語源としている。

ストア派はヘレニズム時代からローマ帝国時代にかけて最盛期を迎えた。

「哲人皇帝」と呼ばれ『自省録』で有名なマルクス・アウレリウスをはじめ、多くの皇帝がストア派を信奉した。またストア派は、皇帝ネロの顧問を務め、『人生の短さについて』などの名著を残したセネカや、『語録』『提要』を著したエピクテトスなど、高名な哲学者を輩出した。しかしその後、ローマ帝国に広まったキリスト教の教義と相いれないことから廃れていった。

ストア哲学が今でも人々の心を捉えるのは、物事に正しく対処するための実践的な哲学だからである。

哲学者のエピクテトスは、「満足のいく人生を送ることのほかに、美徳にどのような目的があるというのだろうか?」と語ったが、「いかに生きるべきか」は、万人にとって共通の問いである。

そして究極の問いは、人間性が試される最後の試練である「死の瞬間」にいかに備えるべきかである。

ストア哲学は、さしたる証拠もなく永遠の命を説くことがない。一方で、死について考えるのを避けたり、拒否したりもしていない。

エピクテトスは、死について次のように語っている。「死は必然であり、避けることはできない。死から逃れてどこへ行こうというのか?」。

ストア哲学は合理的で、科学的にも違和感がない。精神的な面を持つ一方、修正を拒まず、実用性が極めて高い。

全てのものには原因があり、万物は自然のプロセスに従うという因果性を受け入れており、気味の悪い超越論が入り込む余地がない。

ストア哲学の重要な教えの一つは、「我々にはコントロールできるものとできないものがあることを自覚し、コントロールできるものに注力し、コントロールできないものにとらわれるべきではない」というものである。

第2次世界大戦中のホロコーストを生き延び、『夜と霧』の著者として有名な精神科医のフランクルや、ベトナム戦争中の壮絶な捕虜収容所生活を生き抜いた米海軍中将のストックデールは、苦境の中で、ストア哲学の教えを心の支えとしたと言われている。

松井秀喜はニューヨーク・ヤンキース時代、マスコミの報道が気になるかどうかを聞かれて、「自分にはコントロールできないことだから気にならない」と答えている。

また、シアトル・マリナーズ時代のイチローも、打率争いをしている際、「ほかの打者の成績は自分では制御できない。意識していない」と語っているが、ストア哲学に極めて近い姿勢だと言える。

宗教や思想や哲学には、断定的であったり難解すぎたりして、とてもついていけないものが多い。しかし、ストア哲学の「普通」の感覚は、現代に生きる我々にとって共感しやすいものなのである。

※週刊 東洋経済 2019年7月6日号

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