暗い好奇心を満たす豪華絢爛の著『犯罪学大図鑑』

西野 智紀2019年08月06日 印刷向け表示
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犯罪学大図鑑
作者: 翻訳:宮脇 孝雄
出版社:三省堂
発売日:2019-07-19
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つらい話は聞きたくない。陰惨なニュースなどもっと見たくない。気持ちが沈んでしまうから。しかしながらその一方で、我々はついついネガティヴな情報に耳をそばだてたり、詳報を集めたりしてしまう。つまるところ悲観とは、自分と関係がない事象であれば、中毒性のある一種の娯楽なのかもしれない。

そんな中でも、ひときわ暗い好奇心を呼び覚ましてくれるのが、凶悪犯罪だ。事件のあらましから犯人の手口、動機、背景、現場の状況、事件のその後にいたるまで、ありとあらゆることを知りたくなる――良心の呵責を感じながら。

本書『犯罪学大図鑑』は、そうした人々にはまさしく必携の著だ。三省堂の大図鑑シリーズの最新刊であるこの本は、社会を震撼させた古今東西の犯罪事例101件を収録・分類し、歴史をたどりやすいよう年代順に並べ、図鑑ならではの図版やコラムも充実し、豪華絢爛、大満足(?)の一冊となっている。

まず、犯罪と聞いて第一に想起させられるのは殺人だろう。確認されている最古の殺人は43万年前に遡る。2015年、スペイン北部のアタプエルカ山地で考古学者たちが発見した、頭蓋の陥没したネアンデルタール人の遺骸が、CTスキャンや三次元モデル分析によって他殺だと結論されたのだ。

凶悪殺人は読んでいるだけで怖気立つものが多い。1969年にアメリカ・カリフォルニア州で発生したマンソン・ファミリーによるカルト殺人などはその典型だ。霊的・性的影響を行使するカリスマ、チャールズ・マンソンを首魁とするこのヒッピーコミューンは、迫り来る人種戦争「ヘルター・スケルター」の起こし方を国民に示すためとして、10人以上を猟奇的に殺害した。犠牲者の中には、ロマン・ポランスキーの映画『吸血鬼』に出演した妊娠8ヶ月の女優シャロン・テイトもいた。何よりおぞましいのは、マンソンは自分では手を下さず、教唆するだけで信者が望み通り犯行に及んだところである。

他にも、殺人や強盗、放火と比べると注目度が落ちるが、恐るべき権謀術数を駆使した犯罪もある。それが詐欺だ。

1970年代末から、ナチス記念品収集家の間で、ある書物の話題が広がった。アドルフ・ヒトラーが1932年から45年まで書き綴った日記である。スクープを欲していた雑誌「シュテルン」の記者がこれに飛びつき、全61巻の日記の所有者コンラート・クーヤウという男に高額を支払って購入した。筆跡鑑定でも本物だと太鼓判を押され、同誌は意気軒昂に存在を公表し、世界中で大騒ぎとなった。

が、直後に歴史家や法医学者から、日記は偽造であるとの糾弾が相次いだ。それもそのはず、これは熱心なナチス信奉者であるクーヤウが「自分がヒトラーであるような気がした」ほどに精魂込めて作り上げた偽書だったのだ(鑑定のサンプルに使われた記念品もクーヤウの偽造だった)。かくして史学的検証を怠ったシュテルン誌は面目を失い、クーヤウは実刑判決を受けた。

解決済みの事件は幾許か溜飲が下がる思いがするが、不思議なくらい人の心をとらえて離さない未解決事件もある。切り裂きジャックやブラック・ダリア事件、ジョン・F・ケネディ暗殺などがその筆頭だが、航空機をハイジャックし空港で要求した20万ドルを受け取った後、上空でパラシュートをつけて飛び降りまんまと逃げおおせるという映画顔負けのD・B・クーパー事件(1981年)なんかも異様な魅力がある。

なお、我が国日本からは、組織犯罪として暴力団と、大量毒殺である帝銀事件(平沢貞道)が大きく選出されている。前者ではヤクザの組織構成や指を詰めるといった儀式の紹介のみならず、2011年の島田紳助引退を引き合いに、芸能界やスポーツ界にも反社会的勢力が浸透しているという点まで指摘されているのが興味深い。著者はアメリカの犯罪学者やジャーナリストらから成るが、彼らの入念な調査ぶりがうかがえる記述である。

冗長になってしまうので詳細は省くが、他にも取り上げたい瞠目の犯罪はたくさんある。100年以上にも及ぶシチリア・マフィアと政府・警察の争い。ハンサムなルックスを使い次々と女子学生を手にかけ30人以上を殺害したシリアルキラー、テッド・バンディ。ポンジ・スキーム(自転車操業)の語源となったチャールズ・ポンジ。無差別銃乱射男と警官隊との息を呑む対決が描かれたテキサス・タワー乱射事件。現ロシア政権から送り込まれた刺客によって放射性毒物ポロニウム210を盛られた元スパイ、アンドレイ・ルゴヴォイ……。読めば読むほど、これらの事件への知的欲求が高まっていくのが後ろめたくも面白い。創作者にとってはインスピレーションの宝庫だと言っても過言ではないだろう。

ただ、無論ながら、こうした犯罪の裏には無惨に奪われた数多の命があり、心も身体もひどく傷つけられた人々がいる。捜査技術や科学の発展によって犯罪率は低下の一途だが、それでも目を覆いたくなるような残酷な事件はたびたび発生する。

だが、なぜ我々はフィクションにせよノンフィクションにせよ犯罪に強い興味関心を抱くのか。本書の序文にて、アメリカの推理作家ピーター・ジェイムズはこう述べる。

その理由はこうだと一言で説明できるものではなく、答えはいろいろあると思う。たとえば私は、人間の遺伝子には生存本能が組み込まれていると考える。犯罪の犠牲者の運命や犯人の気質を知ることで、いかにして生き延びるか、私たちは多くを学ぶのである。

犯罪にばかり人間の本質が表れるとは思わないが、悪事には常人からするとおよそ信じ難い情動の蠢きがあるのは否定できない。そうして見てくると、本書は単なる犯罪列伝ではなく、むせ返るほど濃厚な人間の歴史であると言えそうだ。

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