本書は「事業再生のプロ」冨山和彦のビジネスマン人生の集大成ともいうべきものである。
産業再生機構COO(最高執行責任者)として八面六臂の活躍をした著者だが、彼が去り、跡を継いだ産業革新機構や政府の経済運営は、すべてを金融政策に押しつけて現実から目を背けてしまった。
そうして水面下に潜ってしまった日本経済の病理を鮮やかにあぶり出したのが、今回のコロナショックがもたらした経済危機である。今回はその広さと深さと長さにおいて、リーマンショックなど過去の危機とは比較にならない破壊性を持っている。
時間軸的には、まずL(ローカル)な経済圏の中堅・中小のサービス業が打撃を受け、次にG(グローバル)な経済圏で世界展開している大企業とその下請け企業を経済収縮の大波が襲う。そこでの対応を間違えると、金融システムが傷んで今度はF(ファイナンシャルクライシス、金融危機)の大波が訪れる。
今回の危機は、グローバル化とデジタル革命の進展とともに加速した知識集約産業化と、それに伴う都市部への更なる人口と富の集積、金融緩和と一体化した高株価に支えられた投資と消費に依存する成長モデル、そこから生まれる格差の拡大といった、現代の経済社会システムの脆弱性をあらわにした。
著者が指摘する大企業の基礎疾患の核心は「古い日本的経営」、中堅・中小企業の基礎疾患は「封建的経営」である。しばらくはベンチャーバブルで甘やかされてきたベンチャー企業の経営者も、今まさに真の経営力を問われている。
国民感情や社内の空気に惑わされず、理屈どおりにやること。どんな危機に際しても前向きな諦観と居直りをもって、頭を素早く切り替えること。それが企業経営者に対する著者のアドバイスである。
そして、絶対にやってはいけないのが、見たい現実だけを見る、精神主義に頼る、人望を気にして判断を避ける、衆議と熟議に頼りみんなで決めようとする、敗戦時のアリバイ作りに走る、現場主義の意味を取り違えて現場に迎合する、情理に流され決断力を失う、空気を読んでタイミングを失する……。これらの「べからず」集が示される。
今は19世紀半ばにマルクスが『資本論』と、エンゲルスとの共著『共産党宣言』とによって、それまでの資本主義経済のあり方に異議を唱えた時と同じような状況にある。
そうした中で、本当の意味でのSDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・企業統治)経営が、より現実的な運動論として起動し始めると著者はいう。
しかしそれは、「優しいがゆえに結局は冷たい」というひ弱な経営ではなく、企業がしっかりと「稼ぐ力」を身につけてレジリエントになる(強靭さを身につける)ということである。それがなければ、結局は社会的弱者を救うこともできない冷たい社会になってしまう。
危機は必ず終わり日はまた昇る。危機の時代はリーダーの時代である。そしてリーダーたちの覚悟と行動と働き次第で、日本が30年ぶりの上昇期に転ずる時代は必ずやってくるというのが、著者からのメッセージである。
※週刊東洋経済 2020年6月6日号