100万部を突破したハンス・ロスリング『ファクトフルネス』、ビル・ゲイツがここ10年で読んだ最高の一冊と評したスティーブン・ピンカー『暴力の人類史』、暗い時代に明るい未来を想像させてくれるマット・リドレーの『繁栄』、いずれも世界は良い方向に進んでいることを明らかにし、読者に希望を与える書籍である。また、ビル・ゲイツは自身でも「世界は良い方向に向かっている」と積極的に声をあげている。
ただ、残念なことにポジティブな進歩に焦点を合わせても、メディア空間上では競争力を持てていない。いっぽうで、恐るべき恐怖のストーリーや悲観的な未来の予想などを行う輩がメディア関係者、一般大衆、政策立案者の注目を集めている。そして、政策を立案する行政府に、社会をこの恐るべき脅威から防衛するという立場を取らせる機会を与える。そして政策が実行され、また別の問題が起こり、報道される。
多くの人がネガティブなニュースばかりでは気が滅入っていて、もっとポジティブなニュースに触れたいと思っている。だけど、なぜかメディアでは新しい社会問題が続々と報道される。なぜ社会問題ばかりが注目を集めるのだろうか。
クレイム申し立て者のレトリックがしばしば主張するのは、事態が想定外に悪化しており、正真正銘の破滅が迫っており、進歩は幻想にすぎないということである。クレイム申し立て者が進歩について語ることはほとんどない。社会が改善していることを認めてしまうと独り相撲になりかねず、トラブル状態への対処行動を起こす障害となるのを懸念するからである。
クレイム申し立て者とは、特定の社会問題を主張する人である。社会問題がいかにして生まれ、広がっていくかを解説した教科書である本書の主人公である。
本書はアメリカではロングセラーとなっており、幾度となく版が重ねられている。いくつかの出版社から社会問題についての本を書いてほしいと依頼されていた著者は、いつもお決まりの文句で断っていたそうだ。
私が書きたい本は、あなたが出版したい本ではありません。それに私は、あなたが出版したいような本は書きたくないのです
出版したい本ではなく、書きたい本を、その願いを受け止めた胆力のある編集者との出会いにより、本書は形になった。著者のこの本にかけた熱意と真摯さが表れているとも取れるが、間違った統計データや社会問題を易々と発信するメディアとしての書籍に対しての懐疑心でもあり、警鐘でもあるのだろう。
さて、本書の内容に再び戻ろう。自殺や気候変動、方や個人の行為であり、方や地球規模の変化で、範囲も質も大きく違う。しかし、ともに社会問題として括られる。
女性差別、人種差別は社会問題として扱われている。しかし、かつては社会問題として考えられていなかった。いっぽう、身長差別、早生まれ差別は社会問題と考えられていない。私たちは何を社会問題と考え、そして考えないのだろうか。
社会問題を有害な状態と特徴付け、客観的な性質から判断する客観主義という見方がある。いっぽう、問題であるか否かという人々の主観的な認識の観点から、社会問題を定義づける主観主義的アプローチがある。本書は冒頭で、客観主義の問題と無益さを提示し、主観主義で社会問題を考えることが必要不可欠であると主張する。
この立場に立った著者の社会問題の定義は「ある状態が害悪を引き起こすのではなく、人びとがある状態を害悪だと考えている」ということである。そうなると、社会問題は人々の主観的な判断が変化するにつれて現れては消えることになる。では、どのように現れて、なくなっていくのだろうか。
基本的な枠組みとして、一つの些細な問題が社会問題になっていくには6つの段階がある。クレイム申し立て、メディア報道、人びとの反応、政策形成、社会問題ワーク、政策の影響である。具体的には、ある人がトラブルであると認識すべき状態が存在し、対処する必要があるとクレイムを申し立てる、全ての社会問題はここからスタートし、このクレイム申し立てだけがあらゆる社会問題に共通する。
COVID-19に関する話題を6つの社会問題過程から考えてみよう。医療体制の構築、テレワーク推進、オリンピック、飲食・旅行事業者支援(GoToキャンペーン)、派遣・雇用問題、反ワクチンなど、COVID-19を切り口にさまざまなクレイム申し立て者が現れる。メディアはそれらをパッケージにして、限られた時間枠や誌面にストーリーとして報道する。大衆の反応は世論調査やインタビューに現れ、メディアや政策にフィードバックされる。政策として立案されたことは、社会問題ワークとして実行される。社会問題ワーカーは政策の期待と現実かつ具体的な問題解決の間で板挟みになりながら、事例を生み出していく。実行された政策は評価され、たいていは批判(不十分だ、やりすぎだ、誤誘導している)される。その批判が新たなクレイムを生み出す。
古今東西、縦横無尽に領域を横断しながら多数の社会問題を蒐集・比較し、社会を揺さぶる問題の基本構造を明らかにした本書は、ジョセフ・キャンベルの『1000の顔を持つ英雄』やヒーローズ・ジャーニ(英雄の旅)を彷彿とさせる。6つの過程は、特定の社会問題に情熱的または冷笑的に関心を持ったときに、もしくはその渦中に放り込まれたときに、適切な距離感で統合的に考えるための、頼り甲斐のある防具になる。
常日頃、メディアはクレイム申し立て、政策形成、社会問題ワークについて報じることで種々の物語を作り出す。そしてしばしば公共的な反応を引き出し、別の政策に対する評価を生み出す物語を流し続ける。構築主義のモデルはこれらすべての物語をより広い文脈に置き、より大きな社会問題過程の一部として使うことができる。これは価値ある仕事である。なぜなら私たちはつねに社会問題課程の渦中にいるからである。
—
同じ著者による名著。統計が曲解され、独り歩きしていくさまは、社会問題と類似している構造。意識的に騙されないためにも、無意識に騙さないためにも。
新しいテクノロジーは新しい社会問題を生み出す。その代表例であろう。これから、どのような方向に議論が流れていくのか、注視したい。
首藤によるレビューはこちら。自分の小さなわがままから社会運動を起こす。
冬木によるレビューはこちら