「弱さ」を生かせる社会をつくろう 『マイノリティデザイン』

吉村 博光2021年05月09日 印刷向け表示
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マイノリティというと障害者などの社会的な少数者を想起するだろう。しかしこの本のマイノリティはもっと広い概念だ。例えば、著者は「運動音痴」を「スポーツ弱者」と定義しなおし、そのマイノリティ性に注目して「ゆるスポーツ」を生み出した。私も一人のスポーツ弱者として、この発想の新しさと優しさに感動してしまった。

読みどころは数多あるが、この「ゆるスポーツ」について本稿ではまず説明したい。理由は、とにかく我が胸に刺さったからだ。本書で著者は自分のことを「弟はリレーでアンカーを走っていたのに、僕はといえば、典型的などんくさい少年」だったと振り返っている。私の妹も「新幹線」と称されるほど脚が速かった。私は身につまされる思いで読んだ。

学校の運動会では良い想い出が少ない私だが、幼稚園の頃は「今日は練習で3番だった」と笑顔で家に帰ってきたこともあったそうだ。母が「良かったね。何人で走ったの?」ときくと、満面の笑みで「3人」と答えたらしい。もしかしたら、私は誰にも勝つことなく、好成績をおさめたかったのかもしれない。

長じるとスポーツというものが、優勝劣敗、失敗が許されないものだとわかるようになる。徒競走で順位をつけないのはどうかと思うが、優劣一辺倒の状況には多少の違和感を抱き続けてきた。そこに現れたのが、あぁ感動の「ゆるスポーツ」である。それは著者が、医学モデルと社会モデルという考え方に出会ったところから生まれた。

「医学モデル」では、車イスを使っている人に対してリハビリをして健常者に近づこうというアプローチをとる。一方で段差をなくして生活しやすくしようというのが「社会モデル」だ。運動音痴は練習して上達するという道しかないと思い込んできたが、逆に運動音痴でも楽しめるスポーツを作ってみたらどうか、と考えたというのだ。

ナイキもアディダスも運動音痴のための靴を作ろうとしたりしない。もしかしたら、スポーツ弱者は見えないマイノリティなのかもしれない。よし!スポーツ弱者の自分のために、自分のスキル(強み)を活かしてディレクションしてみよう。と着想したのである。

そして生まれたのが、ハンドソープを手につけてプレーする「ハンドソープボール」や、イモムシの格好をして地面を這いながらプレーする「イモムシラグビー」だ。普通のスポーツでは失敗とされる「ボールを取れない」などの行為が周囲の笑いを誘い、みんな笑顔になるそうだ。その様子は、テレビでも数多く紹介された。

その後、大手スポーツ用品メーカーのミズノを巻き込んだり、「顔借競争」という競技を生み出すことでNECの顔認証技術を広めることに成功するなど、ゆるスポーツは10万人規模のムーブメントになった。とある広告マンから「流行ってるの?」と訊かれるほどになったというが、著者はその質問の仕方に違和感を覚えたようだ。

その気持ちはわかる。流行ってるか?ときかれれば「まあね」みたいな感じだが、目指しているのは瞬間的なブームを作ることではなく、持続的に何かが生まれる場所を作ることなのだ。1000万人を超えるテレビの視聴者数に比べれば小さいが、一人一人の笑顔を生み出した手触りがある。既存の広告とは物差しが違う。私はこういうことに血が騒ぐ。

著者は広告代理店で有名企業のCMを手掛けてきたプランナーだ。以前は100人規模のチームを組んで期間内に制作し、ようやく納品したものは一瞬にして消費される、という繰り返しの生活を10年間続けてきたという。いわゆる、納品思考で仕事は回っていた。他の業界でも同じだと思うが、それは多くの利益を生み出す本流ど真ん中の仕事だった。

やがて著者はこのような仕事に疑問を感じて、独自にマンガの連載をしたり、自ら企業に飛び込んでやりたい仕事を取ってきたりするようになる。そんな時に、大きな転機が訪れた。生後3か月だった長男の目が、見えないことがわかったのだ。著者にとって、まさに青天の霹靂だった。

頭の中が絶望で占められ、コピーが書けなくなったそうだ。あなたなら、どうするだろう。著者はなんと、息子の将来に希望を見出すために障害当事者200人に会いに行ったというではないか!それまでは意識すらしていなかった障害者というマイノリティの世界に徐々にピントが合っていく。そして、多くの発見があった。

今では広く使われている「ライター」は、もともと片腕の人でも火を起こせるように発明された。「曲がるストロー」は、寝たきりの人が手を使わなくても自力で飲み物を飲めるよう作られた。つまり、すべての弱さは社会の伸びしろなのだ。それは、ひとりが抱える「弱さ」を世界を良くする「力」に変えるアイデアのつくり方だ。

2014年。著者は、ブラインドサッカー世界選手権のために「見えない。そんだけ。」というコピーを書いた。チケットは完売し多くの方に感謝され、10年で磨かれていた自分の強みが活かせることを実感した。強みを本流から横にスライドさせること。それがやがて「マイノリティデザイン」の考え方に収斂されていくことになる。

言葉の力を磨いてきた著者だ。その思考は整理され、本書で適切に表現されている。「マイノリティデザイン」の3つのポイントは、1「広告(本業)で得た力を、広告(本業)以外に生かす」、2「マス(だれか)ではなく、ひとり(あなた)のために」、3「使い捨てのファストアイデアではなく、持続可能なアイデアへ」だ。

ブラインドサッカーや「ゆるスポーツ」が、マイノリティデザインの構造に見事にハマっていることがわかるだろう。他にも私の胸に刺さった思考フレームが本書には数多くある。本書の目次から印象的な言葉をいくつか抜粋するので、気になった言葉があれば是非本書にあたってみてほしい。

「資本主義(=強者)の伴走者のまま、才能を食い尽くされていいんだろうか」
「担ぎ手が渋滞している神輿より、道に置かれっぱなしの神輿を担ごう」
「自分をクライアントにする方法──企画書を自分宛に書いてみよう」
「つくって終わりではなく、つくって始まるクリエイティブ」
「キャッチコピーならぬ、キャッチ概念をつくろう」
「人ではなく、言葉にリーダーシップを持たせる」   ~本書目次より

はじめて本書を手にしたとき、私の右手中指が何かに触れた。気になって確認したところ、そこには書名をあらわす点字があった。読んでいる間中、その手触りを通して父から息子への思いが伝わってきた。これは初めての読書体験だった。「ひとり」の温もりが感じられる、さすがのカバーデザインである。ずっと記憶に残るだろう。

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