やたらと人が殺される凶暴な時代『室町は今日もハードボイルド:日本中世のアナーキーな世界』に住んでみたいか?

仲野 徹2021年06月27日 印刷向け表示
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室町は今日もハードボイルド: 日本中世のアナーキーな世界
作者:清水 克行
出版社:新潮社
発売日:2021-06-17
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アバウトにしてアナーキー。ざっくりまとめるとこうなるのだろうか。なんだかやたらと凶暴でハードボイルドな室町時代。日本人は律儀で柔和などという言い方は絶対に通用しない。室町時代の後半は戦国時代だったから、というわけではない。武士たちだけでなく、農民や女性、僧侶までもがなんだか殺気立っているのだ。まずは『びわ湖無差別殺傷事件』から。

びわ湖がくびれていちばん細くなっているところ、琵琶湖大橋のかかっている西側に堅田という町があった。というか、今もある。そこに兵庫という名の青年がいた。“他の堅田の住人と同じく、周辺を通行する船から通行量をとったり、手広く水運業を行ったり、場合によっては海賊行為を働いたり“ と、とんでもない多角経営を営んでいた。湖なので、海賊ではなくて湖賊だが、まぁ、それはよしとしよう。

出羽の羽黒山から上洛するため、ひとりの少年が15人の山伏に伴われて琵琶湖で船にのった。出家が目的で、本山に上納するために大金を持っていると知った兵庫は強盗を思いつき、16人を皆殺しにしてしまう。山伏ならかなり屈強な気がするのだが、海賊船に進路を阻まれただけでなく、乗っている船の船頭までが海賊の仲間として襲いかかってきたのだから、為す術もなかったのだろう。

“いわば、びわ湖周航船の運営会社が組織ぐるみで乗客16人を船上で皆殺しにして金品を奪ったようなものである” 確かにそうだ。いまでいうと、竹生島クルーズに大金を持って載ったら皆殺しにされた、というようなところだろうか。ちょっとちゃうか…、まぁええ。これだけでも理解しがたいのだが、この先がさらに不可思議なのが室町時代である。

あまりのひどさに、多角経営の町、堅田全体の責任が問われそうになり、兵庫の父が責任を感じて切腹する。そして、その首を都に差し出したことにより、一件落着する。一方、兵庫は父の自害に衝撃をうけ、世をはかなんで浄土真宗に帰依する。16人殺しについては、なんら反省しないが、父の死だけは深く受けとめるというのだから勝手なモノだ。しかし、その行為と信心の固さが、こともあろうに善行のように褒められて寺の記録に残されている。はぁ~っ? なんぼなんでも、あかんやろそれは。

う~ん、釈然とせん。“当時の人々にとって、人間の生命というのは、常に等価とは限らなかったのだろう” という理由があげられている。たしかにそうとでも考えないと不思議としかいえない出来事が、他にいくつも紹介されている。

同じく琵琶湖畔での話『“隠れ里”の一五〇年戦争』も壮絶だ。特に琵琶湖周辺に凶悪な人が住んでいたわけではなくて、偶然そのあたりから古文書が発見されているからにすぎないことは、滋賀県民の名誉のために断っておきたい。こちらは琵琶湖のいちばん北にあるムラの話である。びわいち(琵琶湖一周サイクリングのことをこういいます)で走ったことがあるが、琵琶湖もこのあたりまで行けば人も少なく静かで、実に穏やかな「奥琵琶湖の隠れ里」である。その地で、菅浦と大浦という集落(これも今でもあります)が、田地をめぐって文字通り血で血を洗う抗争を繰り広げた。それも150年にもわたって。

武士同士ではない、ふつうの農民たちの争いというから驚きだ。近隣の村も巻き込み、菅浦派と大浦派で戦うのだが、鋤や鎌といった農具を使ったちゃちなものではなく、ちゃんと(?)陣を組んで騎馬や弓矢を使っての戦闘である。ある年には1年間で菅浦側21名、大浦側10~11名もの死者がでたという記録が残っている。菅浦の成人男子が140~150人というのだからかなりの人数だ。それも、たった「四町五反」(約4.5ヘクタール)の農地をめぐって、これだけの命を懸けたのだ。なんだか、根本的に間違えてはいやしまいか。

目次にはおもろいタイトルが並んでいるが、誰もが真っ先に読みたくなるのが『ゲス不倫の対処法』の話だろう。ん、そんなことないですか?まぁ、それはよろし。ここで書かれている「うわなり打ち」という習俗もかなり理解しがたい。”夫に捨てられた前妻(古語で「こなみ」という)が仲間を募って後妻(古語で「うわなり」という)を襲撃するから、その名のとおり、うわなり打ち” らしい。襲撃するなら後妻さんじゃなくて捨てた夫の方だろうがと思うが、そうではないというところがミソ、というか、むっちゃ理不尽である。

 “室町期の荘園史上、最もハレンチな代官として、その悪名を知られた”  光心という僧侶がいた。なんだか、こういう書きぶりだけでわくわくしてきますな。光心は私腹を肥やすだけでなく、とある未亡人に血道をあげる。これだけでも僧侶にあるまじき行為だが、さらには百姓の女たちにも次々と手を出していく。拒めばその親を無実の罪に陥れて処罰する、人妻にも見境ないとなれば、水戸黄門に出てくる悪代官も真っ青の極悪人だ。

その光心、百姓の下女(身分の低い女)に手を出したところで、遙かに身分の低い女と通じたと、お相手の未亡人が激怒する。う~ん、そもそもあんたもあかんのとちゃうのかという気がするが、それはおいておこう。で、その未亡人がどうしたか。あぁ、ゲスな光心が痛い目にあわされたかというのが、現代人の常識的な解答だろう。ぶっぶ~。ここで出てくるのが「うわなり打ち」だ。

手下に命じて襲わせ、あわれ、その下女は殺されてしまう。う~ん、やはり何かが根本的に間違えている。ここでも命の価値が対象によって違うとしか思えない。『飢身を助からんがため…』では、室町時代には奴隷がけっこういて、現代の金額として20万円(!)くらいで人身売買されていたと書かれているから、命の価値そのものが現代とはまったく違っていたんでしょうけれど、それでもやっぱりあかんやろ。

いちばんスリリングなのは『リアル デスノート』だ。醍醐寺や興福寺といった京都の大寺院が、気に入らない村を滅ぼしたり、人を殺めたりする。そのために用いる ”最終兵器” は武器などではなくて、なんと呪詛。ホンマですか? ブードゥー教じゃあるまいし、呪いが通じたりするんですか? しかし、室町時代にはこういうことがけっこうおこなわれていて、本当に利き目があったらしい。それに対抗して、呪われた武将が編み出した対抗策というのもあって、これはちゃちすぎて相当に笑えるから、ぜひ読んでほしい。

しかし、ギスギスしてばかりではなかったようである。度量衡が地域によって違っていたり、百文銭として通用していた紐銭には、96~7枚の銭しかなかったりと、そのあたりはアバウトでおおらかだ。他にも、口にしただけで祟りがあると恐れられた言葉「母開」とか、切腹がいかに有効な復讐手段であったとか、信じられない話が全編にてんこ盛りだ。

いやぁ、すごいぞ室町時代。覗いてみたいけれど、住んでみたいとは思いませんな。まぁ、住んでみたところで、すぐに殺されてしまいそうですけど。 

世界の辺境とハードボイルド室町時代 (集英社文庫)
作者:高野 秀行 ,清水 克行
出版社:集英社
発売日:2019-05-17
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あの辺境ノンフィクション作家・高野秀行との対談。現代の辺境であるソマリアと室町時代の日本が似ているという、誰も気付かない視点からの話が盛り上がる。文庫解説内容の一部をHONZで読めます。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!