2021年 今年の一冊HONZメンバーが、今年最高の一冊を決める!

2021年12月30日 印刷向け表示
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仲尾 夏樹 今年最も「横浜を歩きたくなった」一冊

作者: 菅野裕子,恩田 陸
出版社: エクスナレッジ
発売日: 2021/7/12
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地元・横浜へ戻ってきて半年になる。子どもの頃にはわからなかった、横浜の良さに気づいて日々楽しい。その良さの一つに、歴史を感じさせる数々の建築がある。

『横浜の名建築をめぐる旅』は、横浜生まれで西洋建築の専門家である菅野裕子と、小説家の恩田陸が、建築の楽しみ方を教えてくれる本だ。例えば、赤レンガ倉庫の解説はこう始まる。
「海岸通りから横浜税関の角を北東に曲がると、急に視界が開け、海に一歩近づいた雰囲気になる。赤レンガ倉庫は、その先の、町の突端のような場所に建っている」

まるでその場に立ち、建物の持つ空気感が伝わってくるようだ。写真も多く、眺めているだけでもおもしろい。

本書を片手に山手のえの木てい※1でお茶した後は、港のみえる丘公園や山下公園を歩き、馬車道の瀬里奈※2で食事をされるのはいかがだろうか。

※1 1927年に建築された洋館でスイーツや軽食が楽しめる
※2 横浜市認定歴史的建造物第1号にも選ばれた、損保ジャパン横浜馬車道ビルに入るステーキドーム

冬木 糸一  今年最も「多くの人に関係しているであろう」一冊

作者: ジョー・ミラー,エズレム・テュレジ,ウール・シャヒン
出版社: 早川書房
発売日: 2021/12/25
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本当は別の本を挙げようと思っていたのだがこの企画の原稿締切の前日に刊行された『mRNAワクチンの衝撃』がめちゃくちゃおもしろかったのでこちらを挙げたい。政府によると12月14日時点で新型コロナウイルスワクチン接種回数は1億98000万回、2回の接種を完了した人は77%と数字が出ているが、本書ではそうしたワクチンの中でも、ビオンテック&ファイザー社によるmRNAワクチンがどのように開発、そして治験とその承認が進められたのかを、そのはじまりから克明に記録している。

mRNAワクチンはまだ新しい技術であり、これほどの速度で世界中で用いられるようになるには難所がいくつもある。だが、開発元のビオンテックはまだ中国で感染者が報じられた直後にすでにこのワクチンの開発に向かって動き出していた。その時彼らの頭の中にはどのような戦略とシミュレーションがあったのか──。mRNAワクチンの仕組みについてもきちんと記されているので、もうすでに接種した人も、これから接種する人にも読んでもらいたい一冊である。

峰尾 健一 今年最も「未来に向かう指針をくれた」一冊

作者: 榎本幹朗
出版社: DU BOOKS
発売日: 2021/2/12
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未来予測が通用しない時代に役立つのは、常に前例のない脅威にさらされてきた人たちの話だ。
音楽産業は「炭鉱のカナリア」だと著者は言う。他の業界に先立って技術革新の荒波にもまれてきた歴史を持つからだ。放送の登場も、ネットの登場も、まずは音楽産業に大打撃を与えた。そこから時間差で、他のコンテンツ産業にも破壊の波が押し寄せるのだ。

レコードからサブスクまで。テクノロジーの進化が100年以上にわたって音楽業界に及ぼしてきた影響を、膨大な文献の裏づけによって描き出すのが本書だ。浮かび上がってくるのは、過去何度か起きた大不況には共通項があること。そして技術の進展こそが、産業を根本から変えてきたことである。

いつも真っ先に脅威に直面してきたからこそ、そこには「未来を連れてくる」人たちも現れた。「次の正解」を導きだした人々の奮闘の軌跡から、先の見えない世界での未来への向き合い方が見えてくる。

(広い意味で)コンテンツに関わる人には刺さる話が多いだろう。音楽産業だけの話ではないことは、読めばすぐにわかるはずだ。業界問わず「これまで」と「これから」の狭間でもがくすべての人に届いてほしい一冊。

西野 智紀 今年最も「重かった」一冊

作者: 野村俊明
出版社: みすず書房
発売日: 2021/9/14
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今年は原稿を書く時間どころか本を読む暇さえほとんど取れない年だった。各方面に迷惑をかけてしまったので、来年は意地でも改善に向けて動こうと思う。

さて、なんとかレビューにしようとしていたものの機会を逸してしまった一冊が本書『刑務所の精神科医』である。少年院や刑務所の矯正施設で精神科医として20年以上働いてきた著者がその経験を綴ったエッセイだが、淡々とした筆致ながらなんとも重く、どこかもの悲しくて、読後も余韻が残り続けている。

受刑者や非行少年少女には精神を病んだ者が少なくない。統合失調症、鬱病、薬物乱用、ADHD、発達障害。患者の話を詳しく聞いていくと、虐待や孤立といった過酷な生育環境が浮かび上がる。本書の読みどころはこうした臨床エピソードの数々だ。

性虐待から逃れるように繁華街へ出入りし、少年院に送致されてきた双極性障害の少女。社会にも家族にも弁護士にも見放され、錯乱しながら拘置所を糞尿まみれにし続ける中年男性……。彼らがその後どうなったかは書かれない。受刑者たちの犯した罪が精神疾患だからとすべて免責されるわけではないが、それでも運命や不運、人生のありようについて思いを馳せずにはいられない。

久保 洋介 今年最も「最狭(さいきょう)な」一冊

作者: 川内イオ
出版社: 日販アイ・ピー・エス
発売日: 2021/10/5
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人口減少し高齢化する今後の日本では、売上規模が大きい割に利益率の低い大企業1社よりも、ニッチマーケットで利益率高く長期に稼げる会社を1000社単位で増やしていくべきだろう。今後、見習うべきはアメリカや中国などの経済大国ではなく、フェラーリを筆頭にニッチビジネスで成功するイタリアかもしれない。

本書では、「小さなマーケットで競合のいない独占状態をつくる」という著名起業家ピーター・ティールが推奨するビジネスモデルを地でいく日本のモノづくり職人たちが紹介されている。スプーンを専門につくるスプーン作家、手術トレーニング機器をつくるロボット開発者、競技用自転車をハンドメイドでつくるフレームビルダーなど、ウルトラニッチな職人たちだ。小さいながらもニッチな市場を独占する日本のモノづくりの見本だ。

職人たちを紹介するのは、稀な人を発掘することを生業とする「稀人ハンター」の川内イオと、一橋ビジネススクール教授の楠木建。これまたニッチなライターと経営学者が、変わったビジネスに挑戦する10人のモノづくり職人の胸熱ものがたりを紡ぎだす。

年末年始、ウルトラニッチ物語で胸熱の体験をお楽しみあれ。

山本 尚毅 今年最も「熱に絆された」一冊

作者: 藤原 辰史
出版社: 創元社
発売日: 2021/1/26
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大学入学後、一年時の成績が悪く、わけもわからず専攻した、いや残りものだったのが、農業経済学。卒業してから、早15年以上が経過したが、いまだに学問の輪郭を掴みきれない。他人に説明するのはもっと厄介だ。本書はそんな個人的なもやもやを鮮やかに解消してくれた。というか、そもそも、もやもやした学問だったのだ。

“農業経済学とは、農学という理系の海のなかの孤島である。農学という理系の海のなかの孤島である。農業経済学という社会科学の枠内で、政治や経営学、歴史などを学ぶ。三圃制も、村社会も、農作物貿易も、トラクターも、バイオエタノールも、農業法人も、有機野菜もすべてこの分野の射程に入ってくる。幅広く、またとらえがたい学問である。”

この一文を見つけただけでも、読んだ甲斐があった。しかし、ページをめくる手は止まらない。文学作品を読んでいるかのような波瀾万丈な展開と著者の本質を追求する熱に絆されていく。タイトルは冷静極まりないのだが、文章からはどうしてもこれを書きたかったのだとという情熱が伝わってくる。

主たる内容はというと、複数人の農学の研究者(主に農業経済学)たちが陥った農学のパラドックスを明らかにしていくものだ。経済原理と結びつけば、培養肉にまで行き着くような農と食を極限まで効率化し省略する道筋であり、農本主義に代表されるような農の原理に絡みとられれば、国家権力と手を結び、戦争を肯定してしまう。

そして、「農学栄えて農業亡ぶ」という副題からもわかるように、学問の存在意義にまで農学を事例にして考えさせる。そして、著者が自分自身を抉るように内省を展開し、学問はどこからきて、これからどこにいくのだろうかと足元を揺るがすような問いを投げかけていく。一見、専門書に見えるのだが、その射程は広い。そして、著者熱量と責任感をぜひ浴びて欲しい。

足立 真穂 今年最も「時空がゆがんだ」一冊

作者: 小野幸惠
出版社: 淡交社
発売日: 2021/6/28
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自ら能を書き、好んだ豊臣秀吉。
その秀吉が、自ら関白となった祝賀の演能で舞った際に不覚にも居眠りをしたという九世。
そのご先祖の逸話を、淡々と紹介する末裔の二十六世。
え、九世を救ったのはあの家康公!?

能楽の流派の一つであり、最大流儀である観世流。観世宗家とは、その家元を継ぐ家系のことだ。あの世阿弥の末裔、というとわかりやすいかもしれない。つまり、「うちではこんな風にやってきまして」という自らの家系の各時代の主の経験を、能が生まれてからこれまでの大まかに700年の歴史と交差させつつ、身近に教えてくれるのが本書だ。変わるものと変わらないものを、特別な曲やしきたり、家宝から稽古時の様子までをも含め写真満載で伝えており、わかりやすい。造本や装幀が美しいのも、嬉しい。

変わらないようでいて、むしろ変わることでここまで生き残ってきたのが能楽だとわかるのも、読んでいて面白いところだ。歴史の一部として見逃せないエピソードも多い。
結果、現状の苦労など小さいものになるほど、読んでいるうちに時空がうまいことゆがんでくる。たまにはそんな一冊、どうだろう。

冒頭は、第一章「正月」から。正月は元日の「謡初(うたいぞめ)」から。
実際に謡うかどうかはさておき、来年は明るく始めたいものです。
どうぞみなさま、良いお年をお迎えください。

塩田 春香 今年最も「うっかり泣いてしまって自分でもびっくりした」一冊

作者: ヘレーン・ハンフ
出版社: 中央公論新社; 増補版
発売日: 2021/4/21
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書店でふと目に留まった本書。「小説? それとも実話??」

気になって買って帰り、なんとなく読み始めた。実話だった。1949年から20年にわたり交わされた、ニューヨークの女性脚本家とロンドンの古書店に勤める男性との往復書簡。「おてんば娘と慇懃な執事」のような調子で、本を介した二人の文通は続く。

当初はほしい古書の問い合わせとそれに対する事務的な返事だったのが、いつしか書店の他の人たちも巻き込んで、あたたかな信頼が築かれていく。インターネットなどなかった時代、お互いの顔も知らない者同士のやりとりには手紙が海を渡る間を待つ豊かな時が流れ、現代では決して手に入らないおおらかさがある。広く深い知識をもつ古書店員が、何年もかけて顧客のために本を探す姿にも心打たれる。

「ふーん」というくらいの感じで読んでいたつもりだったのに、あるページで不意に滂沱の涙がこみあげてきて、自分でもびっくりしてしまった。いつの間にか私も「二人を見守る書店の同僚」のような気持ちになってしまっていたようだ。

このつながりがこれほど深く長く続いたのは、きっと、二人をつなぐものが本だったから。私がこの二人を好きになってしまったのも、二人が心から本を愛しているから。この記事を書くために読み返して、また泣いている。

まったく。これだから本ってやつは、油断ならない。

内藤 順 今年最も「ウンチクに溢れた」一冊

作者: 平川宗隆
出版社: ボーダーインク
発売日: 2021/7/15
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例年通り塩田春香とのウンコ合戦になるかと思い、夏くらいから本書を温めながら待ち構えていたのだが、今年はどうやらボクの不戦勝のようである。とりあえずウンコだけに、順番は一番ケツにしておく。

本書は、フールと呼ばれる琉球のトイレについてまとめた一冊である。フールとは通称・豚便所のことで、豚小屋と便所が一体になった建造物のことを指す。

人糞を餌として豚に与え、豚はそれを食べて大きくなり、美味しい肉となって人びとの口に入る。人馬一体ならぬ、人豚一体という究極のゼロ・エミッション・システムが少なくとも14世紀には存在し、1960年代まで活躍していたのだ。

今ではすっかりなくなってしまったフールだが、近年では文化財的として保護される動きもあるという。この他にも本書ではアジア各国のフール事情から世界のトイレ事情まで幅広く紹介されており、まさにウンチクに溢れた一冊と言えるだろう。

それでは皆さん、2022年もHONZをどうぞよろしくお願いいたします。

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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!

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