2016年 今年の一冊HONZメンバーが、今年最高の一冊を決める!

2016年12月30日 印刷向け表示
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このページで紹介するのは、予想を裏切る選書をしてきたレビュアーである。それが良い裏切りだったか、悪い裏切りだったかはともかく、10人中3人は小説を取り上げた。どこまでもストイックな探検者たち、そんな彼らの2016年最高の一冊を紹介していこう。

澤畑 塁 今年最も「頭で考えるということについて考えさせられた」一冊

あなたが世界のためにできる たったひとつのこと―<効果的な利他主義>のすすめ

作者:ピーター・シンガー 翻訳:関 美和
出版社:NHK出版
発売日:2015-12-19
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いきなりこう言うのもなんだが、この本を読んだだけでは、この本に書かれていることの「すごさ」は理解できないだろう。しかし、著者の主著『実践の倫理』や『動物の解放』を読んだうえでこの本に臨むなら、その内容におそらく腰を抜かしてしまうのではないか。

ピーター・シンガーは現代を代表する倫理学者であるが、その論理が鋭利で、そこからとてつもなく「厳しい」結論を導くことで知られている。その厳しい結論とは、たとえばこうである。「富める者は貧しい者に最大限の援助をする必要がある」。「人間以外の動物にも無用な苦痛を与えてはならない」。

それだけ厳しい規範を提示されると、ふつう、「じゃあ誰がそれを実践できるのか」と疑問に思ってしまうところだろう。しかしなんと、いま英語圏の若い人たちのあいだで、シンガーの規範を「効果的に」実践する人たちが徐々に現れているというのである。

彼らは、「超」のつくエリート大学の出身で、「超」のつく優秀な人たち。そして彼らに共通するのは、「情」に流されて何かをするのではなく、自らの「理」にしたがって行動するということである。本書を読んでいると、「理性的に考えて、正しいと思ったことは実践する」という彼らの強さに、ただただひれ伏したくなる。

年末・年始の休みを利用して、『実践の倫理』や『動物の解放』とともに、本書に挑戦してみるのはいかがだろうか。 ※訳者あとがきはこちら

古幡 瑞穂 今年最も「HONZ読者に読んで欲しい」一冊
罪の声

作者:塩田 武士
出版社:講談社
発売日:2016-08-03
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事実は小説より奇なりという言葉は今始まった事ではないが、今年は小説とノンフィクションの境界の揺らぎが大きくなった年のように思う。隠さず言えば、私個人がエンタメ小説読みなので、HONZ読者の皆さんをどうにかして小説に呼びこみたいという本音があるわけなのだが。

揺らぎの代表格と言えるのが「文庫X」=『殺人犯はそこにいる』がベストセラーとなった一連の動きであろう。前回の記事でも触れたが、通常は小説を読んでいる読者を大きくノンフィクションに近づけたのが最大の功績だった。この後、この事件に触発されたかのような『慈雨』が発売されているのも前回紹介したとおりだが、もう一冊、ノンフィクション好きにどうしても届けておきたい作品がある。それが『罪の声』だ。

「昭和の未解決事件」と言われてまず思い浮かべるであろう「グリコ・森永事件」がこの小説のテーマだ。

著者はこの事件で実際に使われた「子どもの声による犯人からの要求電話」に目をつけ、この声の持ち主を主人公に据えている。親の遺品の中から発見された脅迫電話のテープが自分の幼い頃の声だと気付き、なぜそうなったのか?の謎を追いかける…という物語。

グリコ・森永事件はすでに時効を迎え、多くの書物やテレビ番組で真相を追い求め様々な説がささやかれているが、正解は藪の中だ。しかし、著者が小説という形を使って提起したように、あの事件に使われた声の持ち主は必ず存在しており、今、まさに我々世代の大人になっているはずだ。そして、もしかしたら自分の身近にいるのかもしれない。

闇に消えたはずのキツネ目の男は小説の中で蘇り、真相を見せてくれた。著者が見せた事件の真相はあまりにも鮮やかで、真実を知りようのない昭和の事件簿が1つ解決したような気持ちにさせられている。

発売以降高い評価を受け続けている作品。今年の本は今年のうちに。年末年始に愉しんで欲しい。

田中 大輔 今年最も「積ん読な」二冊
VIVIENNE WESTWOOD ヴィヴィアン・ウエストウッド自伝

作者:ヴィヴィアン・ウエストウッド 翻訳:桜井 真砂美
出版社:DU BOOKS
発売日:2016-03-05
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ジョン・ライドン 新自伝 怒りはエナジー

作者:ジョン・ライドン 翻訳:田村 亜紀
出版社:シンコーミュージック
発売日:2016-04-27
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2016年はPUNKが誕生して40周年という節目だったからか、PUNKを象徴するレジェンドの自伝が立て続けに発売された。『VIVIENNE WESTWOOD ヴィヴィアン・ウエストウッド自伝』と、『ジョン・ライドン新自伝 怒りはエナジー』の2冊だ。PUNKの精神や音楽、ファッションに多大な影響を受けて育った自分は、どちらもすぐに即座に購入したのは言うまでもないことだ。

ヴィヴィアン・ウエストウッドはパンクの女王と呼ばれるファッション界のレジェンド。ジョン・ライドンはセックスピストルズのヴォーカルで、当時はジョニー・ロットンと呼ばれていた。

そんな彼らの自伝に共通していることは、どちらも分厚くて重いということだ。ヴィヴィアンの自伝は624ページ、ジョン・ライドンの自伝にいたっては608ページで、さらに2段組みという驚異の文量である。しかもハードカバーなので、持ち運びには向かない。読書は主に通勤時にしているので、買ったはいいものの、完全に積読状態になっている。

でもいいんだ。買ったことで十分に満足しているから。この2冊は今年買ってよかったなぁと思える2冊である。いつ読むかはわからないけど、いつかは読むつもりで本を購入する。そんな積ん読も素敵な読書体験のひとつだというのは暴論かしら?

塩田 春香 今年最も「痛かった」一冊
賢者の石、売ります

作者:朱野 帰子
出版社:文藝春秋
発売日:2016-11-22
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主人公の痛さが自分に重なって、痛い、ああ痛い、痛いけど一気に読んじゃった一冊でした。
(友人と居酒屋で)「わ~、コラーゲン鍋! 明日はお肌ツルツルね~♪」「んー、コラーゲン食べても、コラーゲンになるわけじゃないよ?」「……」

はい、しらけるのわかってて言っちゃうんですよね。だから本書の帯「コラーゲン食べて肌がツルツルとか嘘」「マイナスイオンなんて存在しない!」を見て、飛びついちゃったわけです。家電メーカー社員の主人公は、きっと水戸黄門が皆をひれ伏させるようにバッサバッサと世間にはびこるニセ科学をぶった切ってくれるに違いない!と。

ところが。黄門様(主人公)は、悪代官や越後屋だけでなく、町娘や助さん角さんにまで寄ってたかってボコボコにされているのである。げ、まじか?

科学的根拠のない美容家電、ガンに効くという高価なサプリメント、それらを否定する主人公は皆に煙たがられまくり。しかし本書を読み進めると「科学的に正しいことが人を救えるとも限らない」そんな現実も見えてくる。若手科学者の苦しい立場も描かれる。不安定な雇用、のしかかる奨学金返済、軽視される基礎科学。

だが、深海探査船女性パイロットを主人公にした『海に降る』や東京駅駅員が主人公の『駅物語』など、絶望的な苦しさから希望を見出す過程を描き出してきた朱野作品らしさは本書でも健在だ。

成毛 眞 今年最も「お金の匂いがした」一冊
量子コンピュータが人工知能を加速する

作者:西森 秀稔
出版社:日経BP社
発売日:2016-12-09
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なにしろ量子コンピュータなのだ。スーパーコンピュータ「京」を何千年間ぶん回しても解けないような問題を、数十秒で計算してしまう夢のコンピュータなのだ。ビットコインが依拠している公開鍵暗号など、ちょちょいのちょいとマイクロ秒単位で解読してしまうコンピュータなのだ。

そこへ人工知能だ。人類最高の囲碁棋士をこれまたちょちょいのちょいと打ち負かしてしまう技術なのだ。製造業だけでなく、医療や金融も、小売も法律も近い将来にはとてつもない影響を受けるであろう。

その両者について、すでに商用化しているカナダの量子コンピュータ、D-Waveに使われている基本理論、量子アニーリングを創り出した研究者本人が書いた本だ。著者は研究の最前線を紹介するために書いたつもりだろうが、俗人にとってはお金の匂いがしないわけがない。今後、巨大なベンチャー企業が何社も生まれ、取り組みによっては大企業の浮沈がかかることになるだろうからだ。絶好の投資情報源でもある。

それにしても驚いたのはD-Waveに使われている量子アニーリングの理論も、量子ビットと呼ばれる超伝導回路も、20世紀中に日本で開発されたものだということだ。しかし、残念ながら日本にはそれを実現しようとした企業もベンチャーキャピタルもなかった。

もちろんグーグルもマイクロソフトもIBMも本気になって取り組み始めている。日本企業は彼らが巨額の資金を投入して開発する、量子コンピュータ化された人工知能サービスをクラウドで使わせてもらうお客さんのままでいるつもりなのだろうか。先端科学技術が一国の経済を左右する時代はすでに開幕しているのだ。

東 えりか 今年最も「スペクタクルだった」一冊
ホルケウ英雄伝 この国のいと小さき者 上

作者:山浦 玄嗣
出版社:KADOKAWA
発売日:2016-12-24
ホルケウ英雄伝 この国のいと小さき者 下

作者:山浦 玄嗣
出版社:KADOKAWA
発売日:2016-12-24
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今年の夏、某業界パーティの喧騒の中をKADOKAWAの編集者、郡司珠子が囁く。「東さんに読んでほしい原稿がある」。聞けば出版されるかどうかは微妙だが、どうしても手がけたい。作者は山浦玄嗣。気仙沼の医師だという。

「それって聖書をケセン語に訳した人?」と聞くと、「東さんなら知っていると思った!」という。(東日本大震災で倉庫が流されたが、「お水潜(くぐ)りの聖書」として話題となる。足立真穂のレビューに詳しい)

遍歴の旅に出た青年マサリキンが、鎮所に召し出される女奴隷チキランケと運命的に出遭い、彼女を救うべく奔走する内に、民の受ける圧政を知り、叛乱軍ヌペックコルクルの一員となってゆく英雄譚。

時は奈良時代。元正天皇の御世、蝦夷討伐を受け北上してきた勢力と、東北の民「エミシ」との相克をエミシ側から描いた大河歴史巨編。一言で表すと「古代日本の西部劇」。主人公の青年マサリキンとチキランケとの大恋愛小説でもあり「甲斐の黒駒」を髣髴とさせるマサリキンの最強の愛馬、トーロロハンロクが胸を掻き毟られるほど可愛い。登場人物に真から悪人が居らず、坂東の豪族側でさえ帝の命による犠牲者に見える。

昨年のお薦め『図書館の魔女』にも比肩する超スペクタクルの小説を、年末年始に堪能せよ!

山本 尚毅 今年最も「手に取るタイミングがよかった」一冊
「決め方」の経済学―――「みんなの意見のまとめ方」を科学する

作者:坂井 豊貴
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2016-07-01
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6月23日 イギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票
7月31日 東京都知事選挙
11月8日 アメリカ大統領選挙

市民の投票行動とその結果によって社会が大きく動いた一年だった。そして、本書は出版のタイミングが抜群によく、相性も最高だった。Brexitと都知事選に挟まれた2016年7月1日の出版である。

ヨーロッパも東京もアメリカも当初のメディアの予想を裏切る開票結果となった。そして、投票結果を事後にもっともらしく分析・解説する番組が選挙後に恒例のように溢れかえった。しかし「決め方」に立ち戻って分析し、民意を伝える方法として機能しているかを、問題視するというアプローチはお目にかかる機会はほとんどなかった。

多数決で決めること、その疑ったことのない常識を、社会選択理論という科学を裏付けとして、考え直してみたら?と投げかけるのが本書である。小学校レベルの算数がわかれば、理論に驚き、感動できる。

たらればの話だが、今回のアメリカ大統領選挙は一般投票による直接選挙ならば、大統領は別人になっていた。古くはリンカーンが決め方の恩恵を受けたことが本書で紹介される。当時、差別撤廃を訴えたリンカーンは、その恩恵を受ける対象が投票権を持たない不利な状況だったのだが、決め方の恩恵を受け、大統領となった。

歴史を大きく変える「決め方」、歴史が大きく変わった一年と呼ばれるかもしれない2016年の最後の読み物にどうぞ。

久保 洋介 今年最も「茶目っ気のあるネーミングだった」一冊
粘菌生活のススメ: 奇妙で美しい謎の生きものを求めて

作者:新井 文彦
出版社:誠文堂新光社
発売日:2016-05-06
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何ともいいネーミング。「年金」ではなく、「粘菌」の本。このネーミングを考えた著者に敬意を払うべきと、即買いした。家に帰って本書を開いてみたのだが、もうニヤニヤが止まらない。

写真がメインの一冊で、掲載されている粘菌を眺めているとついつい頬が緩んでしまう。どの写真も自然の美しさの中に何か得体のしれない物体が登場。どピンクの粒粒、サーモンピンクのどろどろ、プレッツェル風の幾何学体、銀色の光沢体などなど。写真の背景である緑豊かな自然にはおよそ似つかわしくない物体ばかりで、そのギャップがなんともキモカワイイ。全て自然界に生息する粘菌だ。

「粘菌とは何ぞや」そっちのけで、ただただ写真を観て楽しめる。読み終わった頃には、どこか森を探検した後のような清々しさと充実感で、旅行にいった気分を味わえる。年末年始どこも行かない人にこそオススメの一冊だ。

非日常を味わえるのが読書の醍醐味。これだからやめられない。しかも、いつの間にやら粘菌ファンになってしまう魔法のような本だ。ウソだと思うならまず本書のカバーを外してみたらいい。読者を楽しませる神秘な世界がそこから広がっている。

吉村 博光 今年最も「5年後にまた読みたいと思った」一冊
黄金の旅路 人智を超えた馬・ステイゴールドの物語

作者:石田 敏徳
出版社:講談社
発売日:2014-05-20
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宇宙の中に星々の歴史はある、星々の中に生物の歴史はある、生物5億年の中に人類の歴史はある。やがて人類も、何者かにとって代わられるだろう。でもそれがゴキブリであろうとコンピュータであろうと、私にはさほど関心がない。むしろ関心があるのは、目の前で幾世代にもわたって栄枯盛衰を織りなしている、サラブレッドのほうだ。

今年12月、香港ヴァーズという海外G1で日本馬が15年ぶりに勝った。本書は、前回の勝者・ステイゴールドの生涯を描いたノンフィクションである。2014年に馬事文化賞を受賞した作品だが、書棚の肥やしになっていた。レース後に思い出して読んだら、とんでもなく面白かった。黄金配合騒動によって守りぬかれてきたメジロの血が引き出されたくだりには、特にゾクゾクした。鳥肌モノの読書体験ができる本なのだ。

小学生の頃にテンポイントの美しさに魅入られてから、走ることでしか認められない馬たちの歴史を生で見続けてきた。最近の血統表をみると、かつて私が応援した馬の名が4世代、5世代前にある。私の中に競馬の歴史はある。これこそ、競馬というスポーツの醍醐味だ。5年後、ステイゴールドの血はどうなっているだろうか。

内藤 順 今年最も「GOサインを感じた」1冊
テクノロジーは貧困を救わない

作者:外山健太郎 翻訳:松本裕
出版社:みすず書房
発売日:2016-11-22
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本屋で見かけた時、目次も見ずに即買いを決めた。少し蛍光がかったの緑色の背表紙は、僕の大好きなケヴィン・ケリーの著書『テクニウム』『<インターネット>の次に来るもの』の隣に並ぶべき本であることを直感させた。

本の内容はテクノロジーと人間の関係について書かれていること以外、よく分からない。とにかく本棚に並べる時の順番は、左から『テクノロジーは貧困を救わない』『<インターネット>の次に来るもの』『テクニウム』の順番に限る。こうすると信号機の色の並びになるのだ。

『テクニウム』(赤)に目を止め、『<インターネット>の次に来るもの』(黃)に注意しながら、『テクノロジーは貧困を救わない』(青)を読み進める。この作戦で行きたいと思う。

しかしこの3冊を本棚の交差点の位置に並べると、妙に座りが良くてなかなか取り出す気になれない。本書を読むのは、だいぶ先のことになりそうだ。

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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!