最後のページで紹介するのは、自由枠の人たちだ。愛すべき人たちばかりですが、手間が掛かります。いの一番に送ってきたものの書名を書き忘れた人、〆切を過ぎてから悠然と送ってこられた人、原稿の締め切り日にHONZへ入会した人、気合いが入りすぎて所定の文字数を2倍以上もオーバーした人…。皆さん、それぞれの人生を歩んでいただければと思います。
仲野 徹 今年最も「電車の中で開けにくかった」一冊
HONZでレビューを書く本の基準は、なんといっても面白いこと。さらに、ためになったらもっといい。この本には、あまり味わうことのない、背筋が寒くなるような面白さがある。それに、医学図譜なのだから、ためにならない訳がない。文句なしだ。ただし、少しだけ難点がある。かなり気色悪いのである。
いまの医学書はカラー写真が満載だが、その昔、解剖や疾患の図譜は絵画として描かれ、印刷されていた。写真に比して不正確ではないかと思われるかもしれない。しかし、西欧の絵画に描かれた人体を思い浮かべてみてほしい。実際の人体よりもリアリティーがあってかっこいい。医学図譜もそれと同じく芸術の分野だったのである。
治療しなければここまでひどくなるのかと驚くような皮膚疾患、いまではもう見ることのない天然痘、そして、がん、結核、心臓病。とっておきは最後の方にある性感染症だ。梅毒に冒された患者の絵が次々と紹介されて、まるでホラーだ。梅毒になったらこんなに怖いんですよ、という教育的効果が狙われていたのかもしれない。
しかし、がまんしてくり返し見ていると、次第にその奥深い美しさを感じるようになってくる。神経を逆なでするような気色悪さが、慣れるにつれて快感に変わっていくのだ。ぜひ、その過程を楽しんでもらいたい。ただし、電車の中で見るのだけはやめたほうがいい。迷惑行為として通報されるかもしれんから。
首藤 淳哉 今年最も「疑心暗鬼になった」一冊
私の願いはただひとつ。「毎日を心安らかに過ごしたい」ただそれだけだ。
2016年は、そんな波ひとつない穏やかな日常に、ドボンと石を投げ込んだ者がいた。
「これ面白いから読んでみて」ーーある日、妻に渡された一冊が『かなわない』だ。著者は写真家の植本一子。夫は24歳年上のラッパー・ECDである。夫の月収16万5千円で家計を切り盛りしつつ、幼い娘たちの子育てに追われる日々をまとめた『働けECD 私の育児混沌記』は読んだことがあった。
その続編である本書を一読、愕然とした。なんと!著者は新しい恋をし、波乱の日々を送っていたのだ。
家族とは一体何だろう。私はいつからか、誰といても寂しいと思っていた。
それは自分が家庭を作れば、なくなるんじゃないかと思っていた。
自分に子どもが出来れば、この孤独は消えて楽になるじゃないかと。
でもそれは違った
母であること、妻であることは、著者にとって決して自明のことではない。その葛藤が切々と綴られていた。
妻は「読んだら感想を聞かせて」と言った。だが2月に本を渡されてから今日まで、ずっと言えずにいる。「無防備なまま、感想を言うんじゃない!」私の本能がそう告げているからだ。
刀根 明日香 今年最も「愛おしい」一冊
食に関する本が大好きだ。『ポテト・ブック』『食記帖』『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』『悶々ホルモン』『吉本隆明「食」を語る』・・・。自分の直感が鈍っていないかを確かめるように、これと思ったらすぐに買ってしまう。影響を受けていろんな料理やお店に挑戦して、新しいものと出会うひとときが、私の日常のなかでかけがえのない時間となっている。
ほんとにたくさん買い込んだけど、今年ついに、ソウルメイトのようなの本と出会ってしまった。タイトルは『私の好きな料理の本』だ。
著者の髙橋みどりさんは、料理本のスタイリングを手がけるお仕事をされていて、食と同時に本づくりの経験が抱負な人だ。本書の魅力としては、料理家の料理に対する思想や、編集者やカメラマンの本づくりへのこだわり、そして髙橋さんの彼らに対する尊敬と愛情が、かけ算となって一冊を作り上げているところである。
著者と編集者が真剣勝負で作り上げた一冊の、一番想いが強い部分を、ちゃんと理解して適切な言葉で読者に伝える、髙橋さんの力量が、たまんなくかっこいい。髙橋さんの人となりに惚れ込んだ一冊である。
峰尾 健一 今年最も「読み返した時に、色褪せていなかった」一冊
去年の年末に初めて手に取り、一気読みしたこの本。1年経った今読み返してみても、ページをめくる手が止まらなかった。
40年前に雑誌『POPEYE』編集部でアルバイトを始め、後に『BRUTUS』の編集を経て、30年前からはフリーの編集者として活躍する都築響一さん。これまでの経験をもとに、編集という仕事について語った内容が聞き書きでまとめられたのが本書である。著作をご存じの方は想像がつくと思うが、当然ながら「編集術」のようなものは書かれていない。
取材は「おもしろいってわかってる」から行くんじゃない。「おもしろそう」だから行く。読者層を想定しない。マーケットリサーチは絶対にしない。
こうした言葉にまったく軽さを感じさせないのは、これまで都築さんが生み出してきた数多の著作が、メディアに無視され続けてきた「ロードサイド」を追ったものばかりだからだ。
2012年の正月には、有料メールマガジン『ROADSIDERS’weekly』の配信がスタートした。1万字以上、時には2万字にまで及ぶ記事と200枚以上の写真や動画や音源で、多くの人が気づかない、もしくは見ようとしてこなかった身の回りの世界について今も「週刊」で発信を続けている。
60歳を迎えた今が一番忙しく、ワクワクしている。そんな人の姿が、かっこよくないわけがない。劇薬のようなエネルギーを持つ本書は、日々の慌ただしさから解放された年末年始にじっくり読むのがいちばん効くだろう。自分がどんな仕事をしているかに関係なく、一度読めば我が身に乗り移ってくるような「熱」を感じるはずだ。
堀川 大樹 今年「最もタメになった」一冊
ゴキブリの本質にせまる研究書として本格的だった一冊。それと同時に、本書はたいへんタメにもなった。敵を寄せ付けないためには、敵をよく知ること。その意味で、今年これほどタメになった本は、他になかった。アカデミックな内容ではあるが、潜在的には一家に一冊備えてあっても良い本である。ブラックチョコレートとブラックコーヒーのお供に、楽しく読んでいただければと思う。 ※レビューはこちら
柴藤 亮介 今年最も「会社の存在意義を考えさせられた」一冊
本書には、スタートアップと上場企業という異なるステージの会社の舵取りをしていた著者により、会社はどうあるべきなのか、会社のなかで個人はどのように思考を続けていくべきなのかというような「経営観」についてまとめられている。
会社は、永続的なコミュニティであると認識されることも多いが、実際に手足を持った法人が街中を歩くことはないことからもわかるように、実体を持つ存在ではない。このような会社のフィクション性を考えると、会社はいつ傾いても不思議ではなく、個人は会社を飛び越えて渡り歩くこと、つまり「事をなす」試みを続ける必要がある。
本来あるべき姿を想像し、現実とのギャップをおかしいと捉える感受性を持ち、愚直におかしいと訴えて、行動すること。この「旗を掲げる」行為こそが、事をなすために最も大切であると認識し、実際に行動して成果を出してきた著者の綴る本書には、社会で働く全ての人たちに刺さるものがあるはずだ。
アーヤ藍 今年最も「善悪と愛憎の狭間に揺さぶられた」一冊
警察に逮捕された。人を殺した。
そう聞けば、頭の中の「悪いこと」BOXにほぼ反射的に振り分けられることだろう。だが事件の一つ一つに、ひとくちでは語れないほどのストーリーがある。
毎日、長い日は朝から晩まで、傍聴席に座り続けている裁判担当の新聞記者。紙面ではわずかなスペースしか割かれず伝えきれなかった、彼らが目にしてきた「人間ドラマ」の数々をまとめたのが本書だ。
世間一般には注目されることのない、一見「よくありそう」な事件。その背後にあるストーリーを紐解くなかで見えてくるのは、介護疲れ、家庭内暴力、借金の負の連鎖、仕事と子育ての両立の大変さ、社会からの孤立など、誰もが直面してもおかしくないことばかり。愛情が深すぎるがゆえに盲目的になってしまったり、注ぎ込んだ愛情が裏切られ憎しみに変わったり…そうした感情も決して「異常」とは言えない。
「もしかしたら、私も同じような立場になるかもしれない。その時に自分は、この人と違う道を選べるだろうか…。」
「この事件は社会の仕組みが違っていれば防げたかもしれない。そうだとすると悪いのはこの個人と言い切れるのだろうか…。」
自分の中の善悪の基準や法律に対するまなざしを揺さぶられる一冊だ。
麻木 久仁子 今年最も「危機感を感じた」一冊
先日、残念としか言いようのない記事を見た。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が発表した、水産物調達基準案にかんする記事だ。あまり知られていないが、国際オリンピック委員会(IOC)は環境保全や資源の持続的利用を基本方針としており、選手村などで使われる食材についても持続可能な管理のなされた資源によって調達することが重要視されている。
ロンドンやリオでは国際的にも認められている高い調達基準が設定された。それらの基準に照らした時、じつは日本の水産物ではズワイガニとホタテなどごく一部のものしか提供できない。このままでは東京オリンピックでの「おもてなし」に日本の水産物を使えないのではないかという危機感があった。
一方、さればこそ、オリンピックを奇貨として今度こそ国際的な基準と合致する持続可能性のたかい漁獲規制が導入されるのではという期待もあった。それがあっさりと裏切られようとしている。日本の組織委員会は、まあ簡単に言ってしまえば現状の日本の漁獲規制のままでもかまわないように、ぬけあなだらけの案を提出したのだ。衰退する一方の日本の漁業が再生するチャンスが、またも見送られようとしている。
漁業の衰退は気候変動や他国の乱獲のせいであり、仕方がないことなのだと言われ続けてきた。しかし、それならばなぜ、日本以外の漁業国では資源が確保され漁業で儲けを出しているのか説明できない。ノルウェーの漁師は高額所得で人気の業種だが、それを支えているのは日本人が高値で買うサバの売り上げである。日本の漁師の獲ったサバは身が細り値段が安く、肥料の原料などとして安値で輸出されているという。なにかが根本的におかしいのである。もうあまり時間はない。うなぎは多分ダメだろう。マグロは危機にひんしている。そして最近ではカツオに陰りが見えてきた。カツオである!鰹節が使えない和食なんて、ありえない!
日本の漁獲規制が国際的な常識といかに乖離しているか。ときおり目にする漁業の記事をちょっと思い出してほしい。「何トン!」とか「何尾」と漁獲量について報じられることが多いことに思い当たるだろう。だが、日本以外の漁業国では漁獲量ではなく「漁獲金額」を常に重視する。単価の低い痩せた魚や稚魚をいくらたくさん獲っても意味がない。大きく成長した、脂ののった魚をとって、高く売り、儲けをだす。それができるような漁獲規制をしているのである。
世界では漁業が成長産業であるのに、日本の漁業だけが衰退産業あつかいをされているのはなぜなのか。本書でぜひ知ってほしい。わかりやすいQ&Aや、水産業の最前線のひとたちによる対談など、問題提起から解決策の提示まで、この一冊で大枠が理解できるように書かれている。わたしたち消費者が問題の存在を認識することからしか、国の漁業政策は変わらない。漁業者は全力で頑張っている。それにむくいるような政策がおこなわれ、漁業者の誇りが守られなくてはならない。このままでは漁業もろとも和食文化も崩壊してしまうのではないかと恐々としている。
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2016年も大変お世話になりました。来年もどうぞ、HONZをよろしくお願いします!