もしも、あなたが『児童養護施設で暮らすということ 子どもたちと紡ぐ物語』

2022年3月11日 印刷向け表示
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作者: 楢原 真也
出版社: 日本評論社
発売日: 2021/12/13
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もしも、あなただったら、どのように書くだろうか?

児童養護施設で暮らす、その体験を、どうやってことばにするだろうか?

『児童養護施設で暮らすということ』の著者・楢原真也は、200ページにわたる文章で、いっかんして慎重さを失わず、「恥」や「闇」とされかねない部分に踏みこむ。

十数年前に、それまで深く知ることのなかった施設という現場に入ってから、思いもよらないような出来事ばかりだった。そのなかで最もショックを受けたことを挙げるとすれば、暴力にさらされてきた子どもたちが、施設のなかでも再度の被害に遭い、今度は加害者になっていく現実であった(p.131)

しかし、この本は、おどろおどろしい記述で読み手を驚かすわけでは、まったくない。どこかのだれかや、行政や政治を、こわだかに告発するのでもない。現状に居なおるわけでもない。

そうではなく、「実践も研究も、あくまでそこで生きる人のために行われるものでありたい」(p.179)との願いにもとづき、落ちついたトーンで、目のまえにある景色を、まっすぐに見つめ、書きのこしている。

雑誌『こころの科学』での4年間にわたる連載エッセイをもとにした、24の文章と8つの解説をおさめる。著者は、児童養護施設の職員、そして、心理の専門家、2つの現場と専門性を持つ。伊坂幸太郎やカズオ・イシグロをはじめ、さまざまな小説にもふれながら、制度にかんする解説も欠かさない。

そもそも、児童養護施設とは、どんなところなのだろうか?(p.32-35)。

法律の根拠や、かたちについて確かめるだけでも、本書をみてほしい。

いまの日本では、約600の施設に、およそ2万7000人が暮らしている。

18歳未満を対象としているため、全児童でみれば、1000人に1人か2人程度である。この数字を少ないとみるか、多いとみるか。いや、「数字」として見ない姿勢を、著者から学ばなければならない。

施設の暮らしにも、ありふれたことのようで、考えてみれば実はすごいことがたくさん転がっている。落ち着きのなかった子どもが1時間授業を受けることができた、喧嘩ばかりしている子どもがみなと話をしながら夕食をとることができた、遠慮がちだった子どもがどのような形であれ自己主張できた、引っ込み思案の子どもがアルバイトを始めた、などなど。(p,49)。

GReeeeNと米津玄師のヒット曲を参照しながらつづられるこの部分は、いつ読んでも涙をおさえきれない。

たしかに、「施設職員は、次から次へと起こるネガティブな出来事に日々対応を迫られる」(p.49)し、「うるせえ!」「親でもないくせに!」といった不平や不満を浴びせられる(p.29)。

「施設職員の過半数は、5年以内に辞めていくというデータがある」(p.191)。

けっして、きれいごとではすまないし、「施設は家庭そのものにはなりえない」(p.65)。

「草を食べていたんだ」(p.39)と、うなずきあい、「ダンボール」を隠語として共有する。きびしい環境を経て、児童養護施設に入る子どもは、すくなくないのだろう。

「施設」と聞いて思いうかべる、「かわいそう」とか、「虐待」「暴力」などといった偏見から逃れるのは、身近に関係者がいなければ、むずかしい。わたしもまた、本書を読んだからといって、実感を得られてはいない。

だからこそ本書を、ひとりでも多くの人に読んでもらいたい。

子どもだけではなく、年齢だけは〈大人〉になったはずのわたし(たち)もまた、未熟であり(p.87)、「パーソナルとプロフェッショナルとプライベートのバランス」(p.123)に、いつも頭を悩ませている。

現場だけではない。国も模索をつづけ、手を打とうとしている。

2017年に厚生労働省がまとめた「新しい社会的養護ビジョン」や、2022年度からはじまる、「児童自立生活支援事業」への統合といった、政策の流れは、これまでの児童養護施設への反省にもとづく。

「児童は18歳までだから、それ以降は自助努力(自己責任)でなんとかしろ」、とすらみえる、過去のさまざまな制度は、けっして充分とは言えないし、あらためるべき点は、いくらでもあるだろう。

かといって、魔法のような解決策は、どこにもないし、かといって、児童養護施設をやめれば、問題が、すべてなくなるわけでもない。これまでもそこに暮らしてきた、いまもそこで暮らす、そういった人たちの存在まで否定できるはずがない。

本書は、ささやくような声で、ただ確かな生きる証と奇跡を、つづる。副題にある「子どもたちと紡ぐ物語」を、絵空事と批判するのではなく、著者の声に耳を傾けて、〈じぶんごと〉としてとらえる。そんなきっかけを得るために、これからも、わたしは、なんどでも本書に帰る。

モデルとして活躍する著者による、この体験記も、ぜひ一緒に読んでほしい。お金をはじめ、進路、就職、そして家族関係、と、ここまで率直に書くのは、どれだけ勇気が必要だったのだろうか?

そう思うわたしは、まだまだ偏見にとらわれているし、古い。

社会学者が書いた、と言われても不思議ではないほど、丁寧な記述、こまやかな聞き取り、真摯な筆致、若い当事者だからこそ書ける実態が、ここにある。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!