『首都直下 南海トラフ地震に備えよ』東日本大震災は「まだ終わっていない!」

2024年5月13日 印刷向け表示
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作者: 鎌田浩毅
出版社: SBクリエイティブ
発売日: 2024/4/28
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2024年の元日に能登半島地震が発生し、多くの犠牲者が出た。現在も復興作業が続けられている最中だが、その後も千葉県・房総半島沖で地震が頻発するなど、日本列島周辺の地盤変動が止まらない。

巨大地震と津波が東北・関東地方を襲った東日本大震災から13年が経ち、多くの人が「日本は地震国」であることに改めて気づかされた。それ以後も熊本地震や北海道胆振(いぶり)東部地震など震度7を観測する大地震が次々と発生し、人々の不安が強まっている。

地学を専門とする私の目からは、未曾有(みぞう)の災害をもたらした東日本大震災は「まだ終わっていない」のである。というのは、日本列島で1000年ぶりに起きた大変動は今も継続中だからだ。

東日本大震災の直後から、地球科学者が「地殻変動」と呼んでいる地盤に対する大きな歪みが日本各地で地震や噴火を引き起こしてきた。

ちなみに、私が一般市民や中高生に向けて講演会や出前授業を行うと必ず出る質問がある。「さいきん地震が多いのですが、私の住む○○町は大丈夫でしょうか?」。

各地で地震が相次いでいるのは事実で、首都圏では震度5強の地震は珍しくなくなってしまった。確かに東日本大震災の前に比べると、何倍も発生回数が増えたのは事実で、多くの人がその原因に興味を持つようになった。

テレビ・雑誌・ネットなどマスコミを通じて、近い将来に首都直下地震や南海トラフ巨大地震は避けられないと伝えられているが、本当はどうなのだろうか?

一方、何度も言われると「オオカミ少年」状態に陥り、日々の暮らしに関係ない情報として埋もれつつある。日本の地下がどうなっているかは誰しも気になるところだが、今ひとつピンとこないのが実情だろう。

私は地球科学、とりわけ火山と地震について50年近く研究を続けてきた。その中でいくつかの出来事が研究者人生を大きく変化させた。1995年1月、6400人以上の犠牲者を出した阪神・淡路大震災の直後に、活断層の現地調査に出かけたときのことである。

被災された住民の方々から思わぬ言葉を耳にした。「関西には大地震が来ないと思っていたのに……」。実は、その30年ほど前から我々専門家は、大地震が来ることを新聞・雑誌・公開講座で伝えてきたはずだった。

神戸こそ活断層に囲まれており、いつ直下型地震が来てもおかしくない場所だ。六甲山地を背後に控えた阪神地域は「近畿トライアングル」と呼ばれる日本有数の活断層地域であると、地質学者は繰り返し説いてきた(鎌田浩毅著『知っておきたい地球科学』岩波新書)。

ところが、現実はこの言葉に表れているように、市民にはまったくといって良いほど伝わっていなかった。調査に出向いた私は非常にショックを受けた。「伝える」と「伝わる」には天地ほどの開きがあることを、思い知らされたのだ。いま風に言えば、コミュニケーション・ギャップもしくはアウトリーチ(啓発・教育活動)不全である。
 
1997年に通産省(現・経済産業省)地質調査所から京都大学に移籍して、私の仕事に教育と啓発が加わった。その直後の2000年に北海道の有珠山と伊豆諸島・三宅島の2つの噴火に遭遇し、同じような「伝える」問題を経験した。

火山学者の立場から噴火翌日に全国ネットのテレビ番組で解説したのだが、「伝わるべき人には伝わっていなかった」のだ。こんなエピソードがある。解説を視聴した先輩火山学者が「鎌田君、上手に説明できたじゃないか」と電話してきたのに対して、教え子の京大1回生は「先生、何を言いたいのかわかりませんでした」と言った。ここに専門家側の「伝える」問題が如実に表れていたのである。

こうした出来事は京大という「象牙の塔」に閉じこもって研究を続けてよいのだろうかという疑問を私に抱かせた。もちろん日本の地球科学者は、誠心誠意、日夜にわたり研究と観測を続けているが、その成果が市民にちゃんと伝わっていない。

問題は、専門家サイドが「伝える技術」を持たずに説明しても、肝心のことが市民に伝わっていない点である。ここから私の科学コミュニケーション研究が始まった。
 
阪神・淡路大震災で焼け出された住民の方から差し出されたおにぎりが、今でも忘れられない。「ご苦労さま。頑張って調査してね。研究してね」。一番苦しい中にある人が、何とねぎらって下さるのだ。予知できなかった研究者に信頼を失っていないことをひしひしと感じ、涙がこぼれた。

専門家が危険性を伝えた気になっていたのは、自己満足でしかなかったのだろうか。あるいは、伝える技術があまりにも未熟過ぎたからだろうか。
 
私は基礎研究をしているだけでは不十分で、きちんと社会に伝わらなければ意味がないと確信した。科学を伝えるコミュニケーション学が始動し、「科学の伝道師」が誕生した(鎌田浩毅著『揺れる大地を賢く生きる 京大地球科学教授の最終講義』角川新書)。

伝道師とは、街で辻説法して人々に伝える職業である。私は大学でもパワーポイントを使うのを一切やめ、話術と黒板だけで講義を始めた。師と仰ぐ寺田寅彦教授(1878〜1935)が大正昭和期に行っていた方法でもある。そして阪神・淡路大震災の16年後、東日本大震災が発生した。
 
海溝型地震に伴って発生した巨大津波によって2万人近い犠牲者が出た。「関西に地震は来ない」と信じていた無防備な人々を襲う状況が、東日本でも起きてしまったのだ。

日本列島に住むかぎり、大地の動きに否応なし翻弄されざるを得ない。特に、首都直下地震をはじめとする都市直下型地震の危惧はいささかも減っていない。危機的な状況を、何とか科学者の側が変わらなければならない。大地の営みを変えることはできないが、地球科学の知識を活用すれば翻弄されるだけではないはずだ。
 
結論から言うと、日本の地盤は平安時代以来1000年ぶりの「大地変動の時代」に突入してしまい、これから地震や噴火の地殻変動は数十年というスパンで続く。東日本大震災が引き金となって不安定となった地盤が、数々の災害原因になっていることが、地球科学者共通の認識にある。一方、巷では夥しい量の玉石混淆ともいえる情報が飛び交い、市民に将来への不安が広がっている。

実はアウトリーチの場面では、専門家に必ずといってよいほど生じる「心の葛藤」がある。たとえば、同僚専門家たちの目が気になり、「後ろ指をさされない」ように無難に説明する気持ちが働く。ところが、自分たちのコミュニティーを向いた「守りの姿勢」で語る結果、市民にはさっぱり腑に落ちない解説となる。
 
これでは啓発がうまくいかないことを、数多くの機会に経験した。私が市民の目線で大胆に解説と提言を行うと、同業者から「ちょっと正確さに欠けるね」という冷ややかな反応が返ってくる。

ここで私に「専門家を離れて市民サイドに沿う不安はない」と言ったら嘘になる。しかし「科学の伝道師」は、この不安に打ち勝って成り立つ仕事なのだ。20年近く試行錯誤を繰り返してきた経験から、ようやく私も覚悟が決まってきた。
 
本書は、いつ起きても不思議ではないと言われる首都直下地震、能登半島地震をはじめ内陸地震が増えている事実、新たに危惧される南海トラフ巨大地震の激甚災害、活発になっている活火山、とりわけ「噴火スタンバイ状態」の富士山、地下に集中する「ひずみ」で急務を要する直下型地震の対策、などについて、市民の目線で「本当に必要なこと」に絞って分かりやすく解説した。
 
最新の科学的知見から、発災の時期と規模、予想される災害シナリオ、国民が知るべきリスク、そして命を守るため何をすべきかを簡潔に解説した。啓発書を執筆した意図は、まず現状を把握するための正しい知識を伝え、市民の不安を払拭し、地震と噴火から各自が身を守ってもらうことにある。
 
私が本書で伝えたいことは至ってシンプルだ。自然界の一部である人間は、とうてい自然をコントロールすることはできない。一方、知恵をしぼれば災害を減らすことは可能で、そのために地球科学の出番がある。
 
そもそも私たち学者が研究できるのは、社会へ還元する義務があるからではないか。こうした立ち位置のもと、最終的には読者の皆さんが「自分の身は自分で守る」ことがポイントとなる。

本文でもくわしく解説したが、総人口の約半数(6800万人)が被災するような南海トラフ巨大地震では、一般市民の一人ひとりが自主的に行動してもらわなければ助からないのである。ところが、これは言うほど簡単ではない。

英国の哲学者フランシス・ベーコンが説くとおり「知識は力なり」だが、地球科学の「知識」を実際に人の命が助かる「行動」まで繋げるには、もう一つ有効な方法論が必要である。これは私がいま格闘している研究テーマでもある。

専門家と一般市民が協力して一丸となり、首都直下地震や南海トラフ巨大地震を始めとする国家最大の危機を乗り切っていきたい。

作者: 鎌田 浩毅
出版社: KADOKAWA
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