『絶滅魚クニマスの発見』を読む 第1回:クニマスという魚

2021年10月24日 印刷向け表示
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 久しぶりの青木薫サイエンス通信は、読了後の興奮冷めやらぬ超大作となりました。4回のシリーズでお送りします。

絶滅魚クニマスの発見: 私たちは「この種」から何を学ぶか (新潮選書)

作者:中坊 徹次
出版社:新潮社
発売日:2021-04-21
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『絶滅魚クニマスの発見 私たちは「この種」から何を学ぶか』というタイトルを見て、わたしの最初の反応は、「クニマスっていったら、さかなクンだよねっ!」というものでした。そんな軽~い興味関心で手に取った本でしたが、実際に読み始めるとすぐに、もうそんなことはどうでもよくなってしまったのです。

著者である中坊徹次(なかぼうてつじ)京大名誉教授の書きぶりは、なんといっても学問的にきっちりした確かな手つきが心地よいのですが、それだけでなく、行間にあふれる研究への情熱や、人々の暮らしへの温かいまなざしにも感銘を受けました。豊かな細部と大きなパースペクティヴを経験できるのは、こうした本の醍醐味だと思います。

魚のことを知らないわたしがこの本を読んで、勉強になった、というだけではありません。思いもよらず、胸が熱くなったり、胸が潰れそうになったりもしたのです。それもしょっちゅう。かなり専門的詳細にわたる魚の本を読んで、こんな気持ちになろうとは….! 

そんなわけで、わたしが感銘を受けた点や、「知らなかった!」という点を、いくつかかいつまんで書いてみたいと思います。

まずは、クニマス(国鱒)という魚のことです。今ではほとんど魚が棲めなくなった(これについては改めて述べます)田沢湖に、かつて棲んでいた魚たちのうち、海洋起源のものは太平洋の西側に由来するものがほとんどだったのですが、クニマスは先祖がベニザケで、太平洋の東側に由来するのが異色だそうです。やがて地質学的変動を経て、海と田沢湖を行き来していたベニザケが陸封された(湖に閉じ込められ、海に出られなくなった)。そして田沢湖という日本一深い湖の中で長い年月をかけて進化し、クニマスになったのです。そう、クニマスは、田沢湖の魚なのですね。

ところで、ベニザケの習性については、みなさんある程度はご存じのことと思います。それについて少し脱線すると、わたしが中学の頃、NHKのみんなの歌で「約束」という曲が取り上げられました。わたしは、みんなの歌の熱心な視聴者でもなんでもなかったのですが、どういうわけかこの「約束」という曲のことはよく覚えていて、今でも歌えるのです。

(編集部注:NHK「みんなのうた」のHPでは映像発掘プロジェクトが行われています。「約束」の映像をお持ちの方はぜひこちらまで )

陸封されて約束を守れなくなったベニザケは、冷たい川の流れをさかのぼる代わりに、成熟すると深い田沢湖の湖底に降りていき、そこで産卵するクニマスという魚になったのです。

ところで、本書のp.109には「ヒメマスはベニザケに戻ることができるのである」という一文があり、わたしは「えっ!」と驚いて、その部分を何度も読み返してしまいました。でも、何度読んでも「ヒメマスはベニザケに戻れる」としか読めない。本書の後ろの方には「ヒメマスを含むベニザケ」という表現もあります。魚類に詳しくないわたしは、こんなことも知らなかった! ヒメマスは陸封を解かれるとベニザケになれる! 

『約束』ということで言うなら、ヒメマスは約束を覚えている、と言えるかもしれません。
それに対してクニマスはかつての約束を忘れた。そして、田沢湖で新たな約束のもとで生きていくことにした、と言えるかもしれません。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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