2020年 今年の一冊HONZメンバーが、今年最高の一冊を決める!

2020年12月29日 印刷向け表示
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こちらのページはメールで原稿を送ってくれたメンバーたち。締切やルールをきっちり守ってくれる堅実派の方々です。

鎌田 浩毅 今年最も「素直に脱帽した」一冊

「人生100年時代」に人さまへ迷惑かけずマトモな生活をしようと思ったら、生物学の知識が必須である。人は誰しも年を取るのは、もともと生命に仕組まれた掟だからだ。しかし昨今、生物の教科書はどんどん分厚くなり、物理も化学も数学まで忍び込んでしまって、評者のような地球科学オタクにはますます敷居が高くなっている。

こういうときには「一点突破」で、一つのことだけ理解すると良い(と学生たちに語ってきた)。人生100年に必要な一つとは、ボケないこと、体のガタがなるべく来ないようにすること、だろう。それには「オートファジー」という「細胞内の不要な物質を分解する仕組み」、もっと簡単に言えば「細胞を新品にする機能」だけ知れば、まあ何とかなる。

筆者はその筋の世界的な専門家で、先年ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典博士の共同研究者でもある。一般に、科学の本はどれもそうだが、学者としての実力がある人ほど素人に分かりやすく本質を伝えてくれる。本書はそのお手本と言っても過言ではなく、いわゆるアウトリーチ(啓発・教育活動)が完璧に成功している。その裏では、もちろん著者に抜群の力量があるだけでなく、文系バリバリの編集者が「わかりません」を連発した結果、生物学の基礎から説く画期的な入門書になったというわけだ。

実は評者は、恒例の「HONZ今年の一冊」にウキウキしながら何冊か用意していたのだが、12月に刊行された本書がいわばゴール直前でゴボウ抜きしてテープに飛び込んだという次第。「科学の伝道師」を自認しつつも24年無為無策のまま定年を3ヵ月後に迎える評者は、まず、素直に脱帽した。だから著者にはもっと啓発書を書いていただきたい。

地球が誕生して46億年になるが、生命はその中でも38億年も絶えることなく続いているスゴイ古株なのだ。だから人生100年というが、地球科学的には人生38億+100年なのである。「人生100年」を人から後ろ指を指されず「胸張って楽しく」過ごすための、「第一級の教養」としての最先端生命科学講義。正月休みにぜひ薦めたい。

古幡 瑞穂 今年最も「想像力って大事だと感じた」一冊

八本目の槍

 

作者:今村 翔吾
出版社:新潮社
発売日:2019-07-18
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コロナ禍の中、何かを変えてみようと思い、これまで一切手を出さなかったノンフィクションを読み始めた。おかげで非常に気づきと学びの多い1年を過ごす事が出来ている。。。が、その反動で本業(?)のエンタメ作品の読書量が激減してしまった。今回発表になった直木賞は全点未読。かなりやばい状態である。

そんな中、やっぱ小説っていいなと改めて思った1冊がこの『八本目の槍』だった。

歴史が大の苦手なので、歴史小説を読むと創作なのか実在の人物なのかをよくわからないまま読む事が多いのだが、さすがに石田三成くらいは知っている。知っているがそれほど好印象を持った事はなかった。この小説では石田三成をはじめ「賤ヶ岳の七本槍」を大胆な新解釈で描いているのだが、読み終わったときには彼らの印象がガラッと変わっていた。

小説には目の前にある「当たり前」から人を解放する力がある。この不安に満ち先が見えない世の中だからこそ、もっともっと物語や想像力が必要なんじゃないか、と、そんなことを考えている。

東 えりか 今年最も「ひとり籠って惑溺したい」一冊

EXPLORER'S ATLAS 探検家の地図

 

作者:ピョートル・ウィルコウィエツキ&ミハウ・ガジンスキ
出版社:かんき出版
発売日:2020-11-18
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子どものころから地図が好きだ。図鑑と地図があれば空想は果てしなく広がる。だから面白そうな地図を見つけたら、深く考えることなく買ってしまう。本書もそんな一冊で、『探検家の地図』 なんてタイトルからして魅力的ではないか。どうやら世界各国の特徴やら発見やらが細かく記されているらしい。

12月のはじめ巨大な荷物が届いた。開けてみるとあの地図だった。目次には正距円筒図法(?)の地球全図が現れた。次ページは正射方位図法で地球の基礎知識が示される。ページをめくるごとにその章に相応しい図法で地球を説明した後、各国の詳細に入る。説明しにくいので、本当はルール違反だけど日本の一部だけをお見せすると、なんだかマニアックな情報がいっぱいだ。本当に役に立つのか?でも圧巻だ。いつまでも見ていられる。

2020年、まさか自由に旅することがこんなに難しくなるなんて思っても見なかった。多分、もとのように気軽に飛行機に乗って出かけられるようになるにはだいぶ時間がかかるだろう。ならば、地図で旅しよう。どこに行こうか、何をしようか。考える時間はたっぷりある。でも目が辛い。ハズキルーペを買うか、Kindle版を買い直すか…。

田中 大輔 今年最も「デスティーノな」一冊

トランキーロ 内藤哲也自伝(EPISODIO 3) (新日本プロレスブックス)

 

作者:内藤 哲也
出版社:イースト・プレス
発売日:2020-08-19
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今年夢中になって読んだ本の一つが『トランキーロ内藤哲也自伝EPISODE3』だ。2018年にEPISODE1が発売され、完結となるEPISODE3が今年の8月に発売された。

内藤哲也は現在の新日本プロレスの顔といってもいい存在だ。今年の1月4日、5日に開催されたイッテンヨン・イッテンゴ東京ドーム大会で、史上初の偉業を達成した。現在2冠王者である内藤哲也は今年のプロレス大賞で最優秀選手賞(MVP)とベストバウト賞を受賞している。

本書は内藤哲也がロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(L・I・J)を結成するところから始まり、今年のイッテンゴで史上初のIWGPヘビー級、IWGPインターコンチネンタル2冠王者になるまでのことがインタビュー形式で書かれている。

内藤哲也はよく「一歩踏み出す勇気も大事なんじゃないかな」と口にしている。その言葉に今年もなんど励まされたことかわからない。来年1月4日に開催されるイッテンヨン東京ドーム大会にも、内藤哲也はメインイベントに登場する。内藤哲也のデスティーノ(運命)はまだまだ続く。そして続きのデスティーノについてもいつか本になるのかな?それはいったいいつなのか?その答えは、もちろん、トランキーロ!あっせんなよ!!

堀内 勉 今年最も「高かった」一冊

美術の物語

 

作者:エルンスト・H・ゴンブリッチ
出版社:河出書房新社
発売日:2019-07-10
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さすがに1冊1万円を超える本というのは中々買わないと思うけど、今年、最も高かったのがこの本です。(値段は自分でチェックしてみて下さい。)

しかも、この値段にも関わらず、1950年の初版以来、第16版まで版を重ね、現在では約30の言語に翻訳され、総販売部数は何と約800万部!!! 世界一売れている美術書なんだそうです。

冒頭の「これこそが美術だというものが存在するわけではない。作る人たちが存在するだけだ」という有名な言葉は知っている人も多いと思いますが、完全読破した人がいたら、読み終えるのに一体どれくらいの時間がかかったのか教えて下さい。

内容的には、写真と図版満載の世界の美術全史なのですが、それにしても、これを書き上げたE.H.ゴンブリッチさんというのは偉い!!!

先史時代のアルタミラやラスコーの洞窟壁画やアメリカ大陸の旧文明から始まり、エジプト、メソポタミア、クレタ、古代ギリシア、古代ローマ、ビザンティン、イタリア、ドイツ、オランダ、フランスを中心としたヨーロッパ美術とイスラム美術や中国美術、イギリス、アメリカ、フランスの近代美術、そして現代アートへという流れが、延々と連なるひとつの歴史物語として描かれています。

とりあえず一家に一冊、書棚に入れておきましょう!!!

内藤 順 今年最も「STAY HOMEだった」一冊

世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現

 

作者:ぼそっと池井多
出版社:寿郎社
発売日:2020-10-23
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この一年を振り返れば、やはり「STAY HOME」の掛け声が飛び交った4−5月の自粛期間のことが忘れられない。

外食もできない、ジムにも行けない、本屋にも行けない、旅行にも行けない。まさに世界中の人がSTAY HOMEを余儀なくされたわけだが、こんなライフスタイルを早期に確立していた先達こそが、引きこもりと呼ばれる人たちなのである。

中身の紹介は、カブってしまった別のレビュアーに任せるが、本書の著者の経歴もなかなかスゴい。就職を目前に控えて気持ちが落ち込み、引きこもりがちになった著者は、これではいけないと一念発起しアフリカへ向かうものの、行った先のアフリカでも引きこもってしまう。しかしそこで、引きこもりが日本特有の現象ではないことに気づき、引きこもった状態のまま、世界へ目を向けはじめるのだ。

当初は周りから白い目で見られることもあっただろうが、今や引きこもりこそが王道の生き方。「未来は周縁から」を地で行く一冊なのである。

山本 尚毅 今年最も「マイ・パラダイム・シフトが起きた」一冊

世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現

 

作者:ぼそっと池井多
出版社:寿郎社
発売日:2020-10-23
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ひきこもりは世界にもいるのか、どんなことを考えているのだろう。日本のニュースで時折見かけるひきこもりと何が同じで何が違うのだろうか、そんな好奇心から手に取った。で、読んでみたら、おったまげた、ひきこもりに対する認識のパラダイム・シフトが起こった。

特に、1人目のインタビュー、フランスのひきこもりギートの言葉に胸を突き抜かれ、ずっと頭を離れない。このインタビューを読むまで、ひきこもりはいつか部屋を出るのが望ましいし、あたりまえだし、本人も周囲も社会にいつかは出たい、と思っている考えていた。

ぼくがひきこもったのは、社会がそこまで苦労して適応するに値しない世界であり、そこで生きる「ふつうの人」がそこまで忍耐して付き合うに値しない者たちである、ということがわかったからなのさ。

この言葉で、ひきこもりについての報道やドキュメンタリーの論調に影響を受けすぎて、当事者の気持ちのことなんて考えたこともなかったことを恥じた。

このような声を引き出せたのは、何より、当事者が当事者にインタビューするこという構造が一番の要因だろう。当事者同士でしか共感できない、だから話を膨らませることができない話題がある。そして、変に編集されきっていない野暮ったさが残っていることも、真実味を感じさせてくれる。

社会的に一見正しいと思われる見方も、視点を変えればまったく違う。改めて、本を読む意義と面白さを感じた一冊だった。

西野 智紀 今年最も「ライフハックを得た」一冊

私事で恐縮だが、今年の秋からうさぎを飼い始めた。ネザーランドドワーフ(黒)である。夏に特別定額給付金が振り込まれ、何に使おうか悩んだ末の結論だった。普段帰宅が遅いので最初は世話に苦労したが、今は無表情でぴょんぴょん跳ねたり、おやつのリンゴを異様な早さで食べたりする様子を面白がりながら過ごす毎日である。

それはさておき、なんでペットを飼おうと思ったかと言えば、今年がうんざりするほど暗いからだ。世情を見てもそうだし、個人的にもろくなことがなく、ただただ疲労と失望が蓄積しただけだった。まあ、そもそも生まれてこのかた、嬉しかった出来事なんてほとんどないのだが。

そんなわけで、ルーマニアの最強ペシミズム思想家シオランの解説書『生まれてきたことが苦しいあなたに』は、凡百の自己啓発本よりよっぽどためになる最高のライフハック本だった。詳細はレビューに書いたので繰り返さないが、シオランの言葉、「生にはなんの意味もないという事実は、生きる理由の一つになる。」とはまさしく至言と思う。額縁に入れて部屋に飾っておきたいくらいだ。

生に意味なし。来年はうさぎを見習って、刹那的享楽を求めていきたい。

首藤 淳哉 今年最も「タイミングを逸した」一冊

RANGE(レンジ)知識の「幅」が最強の武器になる

 

作者:デイビッド・エプスタイン
出版社:日経BP
発売日:2020-03-26
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なにごともスピードが大切である。妻に土下座しなければならないとき。あるいは仕事でやらかした失敗を上司に報告しなければならないとき。すべてスピードが肝要である。本もそう。面白そうな本が出たら、即レビューを書く。これ鉄則である。

本書の刊行は3月末。発売後すぐに購入したものの、読んだのは8月になってからだった。コロナで世の中が止まってしまい、せっかくならこの機会に長いものでも読もうと全集などに手が伸びたりして、後回しになっていたのだ。ところが、本書を読み始めた途端びっくり。むちゃくちゃ面白いじゃないか!

本書が説くのは「まわり道」の効用である。ひとつの分野に早めに特化した人と、興味の赴くまま多様な分野に手を出してきた人とでは、どちらが不確実性の高い現代にフィットするか。答えはもちろん、経験に幅(レンジ)のあるほうである。

寝かせていたせいで、HONZで紹介するタイミングを逸してしまっただけでなく、あのビル・ゲイツが先日ブログで「厳しい年だからこそ読むべき5冊」の一冊としてあげているのをみて、つくづく買った本はすぐ読まねばと思った次第。謝罪と書評はスピードが肝心。新しい年はこれを肝に命じておこう。

久保 洋介 今年最も「読み直すべき」一冊

昭和16年夏の敗戦-新版 (中公文庫 (い108-6))

 

作者:猪瀬 直樹
出版社:中央公論新社
発売日:2020-06-24
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新型コロナウイルス対応に右往左往したこと含め、2020年も「空気感」に流されやすい1年だった。データやサイエンスに基づいた判断をなぜできないのか。太平洋戦争での敗戦の教訓は活かされているのか。そんなことを考えさせられた。

1983年に刊行された名著が、今年、新版として文庫化された。太平洋戦争開戦前後に30歳前後の精鋭で構成された模擬内閣は「アメリカと開戦すれば日本必敗」とデータに基づいて提唱したが、時の内閣総理大臣である東条英機や世論に無視された。データよりも「空気感」が重視されたのだ。その後の日本の悲劇は言うに及ばない。

同じ過ちは太平洋戦争にとどまらない。バブル崩壊、日本企業の衰退、東日本大震災、そして新型コロナウイルスの脅威。日本は同じ過ちを繰り返している。

昭和16年に悔し泣きした若きエリート達はどんな想いで当時開戦回避を提唱し、その後の歴史を後悔しながら歩まざるをえなかったのか。データとサイエンスを基にした国家経営や企業経営が求められる現代、今一度、本書を通して歴史の教訓を噛み締めたい。

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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!