2020年 今年の一冊HONZメンバーが、今年最高の一冊を決める!

2020年12月29日 印刷向け表示
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今年はなぜか原稿を送ってくるときに、タイトルを忘れて送ってくるレビュアーが続出。こちらのページはタイトルを忘れた人たち、原稿の送付が遅かった人たち、原稿が規定より大幅に長かった人たちによる一冊。でも愛すべき人たちなんです。

仲野 徹 今年最も「唸らされた」一冊 

浪花節で生きてみる!

 

作者:玉川 奈々福
出版社:さくら舎
発売日:2020-12-12
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待ってました!女流浪曲師・玉川奈々福、渾身のデビュー作。元大手出版社の編集者だけあって、書くのもうまいっ。かつて一世を風靡した浪曲とはどのような芸能なのか、奈々福さんがどのような経緯で浪曲師になられたのか、などなど、いろんなことがたっぷりと紹介されている。と書いても、浪曲なんか聴いたことないし、なんのことかさっぱりわからないかもしれない。そんな人は、むっちゃおもろいから、だまされたと思ってまずはYouTube「奈々福チャンネル」を見てほしい。

奈々福さんの三味線を弾いておられる曲師は沢村豊子師匠、83歳。どこまでもファンキー。その豊子師匠と奈々福さんの関係には大爆笑、これ以上はありえない世界一のコンビではないかと思えてくる。むっちゃおもろいこの本、ぜひ大当たりをとってほしい。

ん?どうして最も「唸らされた一冊」かって?そらあんた、浪曲だけに唸らされましてん、でんでんっ。と、これが書きたいがためだけにつけたタイトルなんです、スンマセン。それだけだとあんまりなので、もう一工夫。「待ってました」、「たっぷり」、「世界一」、「大当たり」という浪曲定番の掛け声を散りばめておいたでござるぞ。

栗下 直也 今年最も「意外に楽しんじゃった一冊」

岩波新書解説総目録 1938-2019

 

作者:
出版社:岩波書店
発売日:2020-06-20
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シリーズ創刊から約80年、約3400点が発行順に解説付きで並ぶ。今年、在宅ワークが常態化したこともあり、「飲みに行く機会も激減したし、古典でも買うか」と案内役を期待したが、その役割はほとんど果たしていない。というのも、この本を読むだけでも十分に楽しめてしまう。

「果たしてノンフィクションなのか」とお叱りをうけそうだが、眺めているだけで時間を忘れて楽しめる。例えば、「おお、こんな時代にこんなタイトルの本が出ているのか」と発見がある。

2019年に話題になった『独ソ戦』はタイトルだけみれば戦後すぐでも違和感はないし、ロングセラーになった『知的生産の技術』の出版は約半世紀も前だ。今、適当に開いたら『キノコの教え』というタイトルが目に飛び込んできたが、これは2012年の刊行。新書というと世相を反映したものを想像するが、タイトルだけではいつの時代かわからない作品も少なくないから興味深い。

ちなみに、岩波新書の一冊目は19世紀末に満州に渡ったスコットランド人クリスティーによる回想記『奉天三十年(上)』である。

冬木 糸一 今年最も「来年に持っていきたいと思った」一冊

ゼロからつくる科学文明: タイムトラベラーのためのサバイバルガイド

 

作者:ライアン・ノース ,Ryan North
出版社:早川書房
発売日:2020-09-17
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もし一年に一冊しか翌年まで本を持ち込めないとしたら何を2020年から選ぶだろうか……と考えたたが、ライアン・ノースの『ゼロからつくる科学文明 タイムトラベラーのためのサバイバルガイド』はかなり良い線行く本だ。

もしあなたが過去にタイムトラベルして、装置が動かなくなってそこに取り残されてしまったらどのように科学文明を再建すればいいのか? をテーマにした一冊で、言語のつくり方、水車、蒸気機関、セメントのつくり方……とページをめくるごとに、より複雑な物の仕組みを解き明かし、リアル『Dr.STONE』を堪能させてくれる。

一冊に文明にとっておおむね必要な情報が詰まっているので(パソコンにも到達する!)、これがあれば明日世界が滅んでもかなりマシに生きていくことができるだろう。

足立 真穂 今年最も「動かされた」一冊

伝統芸能の革命児たち

 

作者:九龍 ジョー
出版社:文藝春秋
発売日:2020-11-20
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舞台に立つ人たちにとっては、過酷だった本年。私自身も、能と落語にはよく足を運ぶ方なので、厳しい一年でした。再開して観に行った久しぶりの能舞台では、涙をこぼすほど。人それぞれに精神的な不安はどこかに表出するのか、私には能が相当に大事な存在になっているようで驚きました。

さて、古典芸能好きの間では知られる存在である九龍ジョーさん。書き手でもあり編集者でもあり、時にプロデュースもされているのでもはや何者なのやら。名前からして謎なこの方が、歌舞伎、能楽、文楽、講談に浪曲、そして落語――など伝統芸能全般について、最新の観劇をレポートした雑誌連載をまとめつつ、面白い舞台人やテーマ、挑戦を教えてくれるのが本書です。

この本を読んで、創作話芸ユニット「ソーゾーシー」を観に行ったり、2月の文楽を申し込んだり、神田伯山の講談を往復はがき(今時!)で申し込みしたり、と実に「動かされ」ました。つまり、この災禍の中で「舞台」を続ける全ての古典芸能者を応援しつつ、読むと最適なガイドブックになるという本なのです。来年の観劇に向けて、どうでしょう。

ちなみに、九龍さんも関わっているというYouTube「神田伯山ティービー」を、TBSラジオ「問わず語りの神田伯山」(クラウドで過去回を聞けます)と合わせて見て、ステイホームをしのぎました。来年こそ、舞台を思う存分楽しめる、良い年になりますように。

塩田 春香 今年最も「懺悔したい」一冊

カモノハシの博物誌~ふしぎな哺乳類の進化と発見の物語 (生物ミステリー)

 

作者:浅原 正和
出版社:技術評論社
発売日:2020-07-13
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書店で本書を見たときの衝撃は、忘れない。だって、あのカモノハシですよ? 哺乳類なのに卵を産むんですよ? くちばしや水かきまであるんですよ? オスは足に毒腺まで持っているんですよ??

……そのへんまでは、動物好きの良い子たちには、よく知られた事実でしょう。でもね、あのくちばしが、ぶよぶよとした肉質で、獲物の居場所を察知できる鋭敏な感覚器だったなんて! あのダーウィンも、カモノハシを捕まえちゃったなんて! 超マニアックな形態や生態や進化の話題、この特異な生物が発見された経緯、著者の研究史などなど、動物好き、進化学や形態学や分類学などに興味ある人にはたまらない本なわけですよ!! 

え、でもそんな素敵な本がなんで懺悔したい一冊なのかって?……じつは数年前に出版の相談をお受けしたことがあるのです。なのですが、当時私は表面上普通にしていたものの心身ともに厳しい状況で、大変魅力を感じながらも目の前のことをこなすだけで精一杯、どうしても着手ができなかったのです。そして書店で本書に遭遇し、「あ、本になってる!」(本稿冒頭に戻る)。

あの時は申し訳なかった、そして私もできなくて無念です……でも、素敵な本になってよかった! でもでも、本当にごめんなさい!!

仲尾 夏樹 今年最も「横浜に帰りたくなった」一冊

国道16号線: 「日本」を創った道

 

作者:柳瀬 博一
出版社:新潮社
発売日:2020-11-17
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「通勤も予算も考えなくていいとしたら、どこに住みたい?」と聞かれた時、私の答えは迷わず「横浜」だった。私は横浜生まれ横浜育ちのハマっこだ。16号線育ちとも言える。

16号線は横須賀、横浜、町田、八王子、川越、柏、木更津と、東京の郊外をぐるりと巡る全長330キロの環状道路だ。本書は16号線をベースに日本の歴史、経済、文化を紐解いていく。

根岸、黄金町、伊勢佐木町、関内、桜木町、みなとみらいなど、横浜の馴染みある地名が次々と登場すると、ユーミンや山崎まさよしを聴きながらドライブしているような気持ちになる。

じつは冒頭の質問をされてから2週間後、横浜へ帰ることが決まった。引越しまではまだ少しあるので、本書を繰り返し読み、横浜愛を深めようと思う。

峰尾 健一 今年最も「物の見え方が変わった」一冊

雑貨の終わり

 

作者:三品 輝起
出版社:新潮社
発売日:2020-08-27
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「雑貨化」というコンセプトを軸に西荻窪の雑貨屋店主が書いたエッセイ。「雑貨化」の意味合いはひと言で言い切れないが、ひとつは雑貨屋に置かれるものがどんどん増えていくこと。今年なら「マスク」だろうか。機能とは別のところに重きを置いたような「ハンドメイド」「おしゃれ」マスクは、すでに雑貨屋のラインナップに違和感なくすべりこんでいる。

衣食住あらゆるものを「雑貨化」していく雑貨界の中心にしてインフラ、無印良品について書かれた一編だけでも読んでほしい。ペンから家(!)にいたるまで、その絶妙に中立な(ように見える)価値観で束ねて、常に新たな「消費」を生み出していく手さばきの周到さと空恐ろしさが見事に言語化されている。的確すぎて何度も膝を打った。

「オーガニック」「暮らし」「エコロジー」といった潮流を経て、時にはアートの香りもまといながら次々と領土を広げてきた雑貨界。もはや誰も疑問に思わなくなった、物が道具としての役割と切り離されたところで消費されるこの現象の正体はいったい何なのか。雑貨化の濁流に飲み込まれ葛藤してきた前線からの考察は、これから物欲そのものがますます減っていった先の未来を考える上でも興味深い。

文章がすばらしく巧みで、小難しくないのもいい。本書が響いた人は、前作『すべての雑貨』(夏葉社)も必読だ。

麻木 久仁子 今年最も「目からウロコが落ちた」一冊 

最高のおにぎりの作り方

 

作者:樋口 直哉
出版社:KADOKAWA
発売日:2020-03-30
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今年は本当に散々な年だった。コロナで仕事のほとんどがキャンセルになり、薬膳の教室も中止せざるをえず。それにしても気が重いのは、年が明けてもしばらくは厳しい状況が続きそうなことである。どうか皆様も、くれぐれもご自愛ください。

今年は外出や外食を控えるということで、にわかに自炊派が増えたようだ。私も元々自炊派ではあったが、さらに料理熱が上がり、緊急事態宣言中などは毎日かたっぱしから料理番組を見ては、食材や調理道具を通販でポチっていた。レシピ本も目につくものはガンガン買っていた。

そこで出会ったのがこの一冊。

『最高のおにぎりの作り方』である。著者の樋口直哉さんはnoteでフォロワー4万人超えという大人気料理家である。そのスタイルの特徴は「徹底的に現代的な合理性をもとめる」ところにある。

よく「昔の〇〇はおいしかった」と言われますが、数十年前と比べると流通の発達や品種改良など食の現場に携わっている人の努力によって、食材はおいしくなっています。例えば大根は以前であれば米糠や研ぎ汁を使って下ゆでした後、水にさらしてエグみを抜く必要がありましたが、現代の大根にはその手間は必要ありませんし、逆にそのまま煮れば持ち味が生きます。これが現代的な合理性を追求するということです。

というわけで、おにぎりである。『炊いたご飯が熱々のうちに塩(または塩水)をつけた手で、三角形(または俵型)に握る』とされてきた従来の作り方は、本当においしく出来るのか?

海苔や具とのバランスを考えた時のおにぎりの大きさはどれくらいか。適切な塩分量は?0.1%~1.2%まで細かく段階に分けて実験!塩分濃度が決まったら今度はどのように塩分を含ませるか。握るときにまぶすか、ご飯に混ぜ込むか、炊くときに塩を入れる炊きこみ型か。合理的論理的に実験を重ね、結論を出していく。おにぎりができる過程がこんなに面白いものだったとは!そして最後、握る直前にご飯に今までの常識では考えられないような一手を施すのだが、これも説明を聞けばなるほどと膝を打つばかり。

とにかく、おにぎりが作りたくてたまらなくなる。おにぎりなんて残りご飯を適当に握っていた。ご飯に謝りたい、ごめんなさい。

最高の焼きそばの作り方は?3袋入ってソースが付いているような、なんの変哲もないいつもの焼きそばがあっと驚く味に!いままでぞんざいに炒めていた焼きそばにも謝りたい。ちゃんと生かしてあげてなかったね、ごめんねと。

ステーキの焼き方。従来は『中火に熱したフライパンにステーキ肉を入れる。焦げ目がついたら裏返し、日を弱火に落として好みの加減まで火を通す。肉を裏返すのは一度だけというもの』で、わたしもずーーーーっとこうしてきた。が、樋口さんは一刀両断『この方法は科学的には間違い』というからビックリで、じゃあどうするのというと・・・。コンコンと理由が説かれて、納得せざるをえない驚きの焼き方が示されます。いままで科学的に間違った焼き方でいて食べてしまった数多のステーキ肉に謝りたい。そのポテンシャルを生かしてあげられず申し訳ありせんでした。

このほか、さんまの焼き方、パスタの茹で方、完璧な煮卵、ナポリタン、肉じゃが、カレー等々、作り飽きていた定番料理が、全く新鮮な姿で目の前に立ち上がってくる。

ページをめくりながら、なんども「えーっ!そうなの!」と文字どおり声に出した。目からウロコが落ちまくりの一冊である。

とにかく樋口さんのレシピ本はすべておすすめ。ツイッターやnoteもフォロー推奨。おいしい情報を届けてくれます。

鰐部 祥平 今年最も「内容を語りたくなった」一冊

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか

 

作者:ロバート・B・チャルディーニ
出版社:誠信書房
発売日:2014-07-10
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このコーナーは今年に発売された本の中でベストな本を紹介するという趣旨であったと記憶する。しかし私が今年、読んだ本の中で最も人に語りたくなったのは米国を代表する社会心理学者であるロバート・B・チャルディーニ著『影響力の武器』なのである。私が読んだのは第三版であり初版が発売されたのは2014年。HONZ的にはアウトであろうか。だが内藤編集長のこと。きっと大目に見てくれるに違いないと期待して本書を紹介する。

動物の中には固定的動作パターンと呼ばれる行動パターンが確認されている。さながらカセットデッキよろしく、ある条件がそろうと「カチ」とスイッチが入り「サー」と音が出るように一定の行動が行われる。この習性を理解し、うまく使えば下等動物の行動を操ることが出来る。

実は人間にもこのような行動パターンが存在することを本書は明らかにしている。例えば、あるNPO団体があなたの家を訪れて「交通安全啓蒙のために自宅前にこの看板を設置させて下さい」といって下手な文字で「安全運転をしよう」と書かれた看板(しかも大きい)の設置許可を求めてきたらどうするであろうか?

ほとんどの人は断るであろう。実際に実験でも承諾率は17パーセントだ。しかし、二週間ほど前に、同じ内容が書かれた小さなシールをポストに貼るようお願いされたとする。この時に反射的に承諾した人々の半数は、後に看板の設置を許可したのである。これを「段階的要請法」という。

ハードルの低い要請を出し一度「コミット」させてしまえば、人は「一貫性」を保つために、似た内容の難易度の高い要請も承諾してしまう。このコミットと一貫性の維持は朝鮮戦争時に中国軍が米兵捕虜の洗脳に利用した言われている。ブラック企業が研修と称して会社への忠誠や目標達成を大声で誓わせるのもこうした理由からだ。

本書では人間の心理を巧みに突き、人々の行動をコントロールする技術が次々に紹介されている。当然、ビジネスマンにはとても役立つ内容であろう。一方でブラック企業や詐欺師、新興宗教団体の手口を知ることも出来る。承諾の交渉においては、攻めにも守りにも役立つ最高の戦略書となる一冊だ。

成毛 眞 今年最も「後悔させない」一冊

弾道弾 (兵器の科学)

 

作者:多田 将
出版社:明幸堂
発売日:2020-11-22
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明幸堂さんに無理を言って、発売前から見本を手に入れた一冊だ。弾道弾に関する完璧な知識を手に入れた気分である。ボクの友人諸君は飲み会などで、この話題に触れないほうが良いだろう。3時間は数式とグラフを書きながらしゃべり続けるはずだ。

なにしろテーマがテーマなので、Amazon在庫は少ないはずだから、その筋の人は早めに買っておいたほうが良いかもしれない。ミリヲタ向けというより、サイエンス・テクノロジーヲタ向けの本。

少しだけ紹介しておくと、プーチンがスーパーどや顔で発表した、極超音速滑空ミサイル「アバンギャルド」がなぜ迎撃困難なのかについて、滑空体の2次元軌道、速度変化、各高度での速度、THAADとPAC3の迎撃可能領域などをモデル計算してグラフで示している。ああ!だからあれがこうで、あの迎撃装備はあれなんだねえ、などと理解は進む。

ちなみに多田さんの本は、前著『核兵器』もとんでもなかった。いまだ欧米中などで翻訳出版されていないことに驚くばかり。価格は高いが、良いものは高くていいのだ!という見本のような一冊。世界中見渡しても、これ以上の核兵器の本が見つかることはないと断言できる。

2021年も読者の皆様にとって、素晴らしい本と出会える年でありますように!

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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!