2021年 今年の一冊HONZメンバーが、今年最高の一冊を決める!

2021年12月30日 印刷向け表示
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続いて、正確なタイトルで送ってきたメンバーによる一冊を紹介していきます。

堀内 勉 今年最も「寂しかった」一冊

作者: 中藤 玲
出版社: 日本経済新聞出版
発売日: 2021/3/9
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誰もが知っていて、誰もが口にしてこなかったのが、「日本は貧乏だ」という不都合な真実である。もはや日本経済は成長しないし、給料は上がらない、デフレでモノもサービスも安いので、「安いから」という理由で海外から観光客が訪れる。

日本はとにかく何でも安い。多くの日本人は誤解しているかも知れないが、東京のマンションなどはグローバルに見れば激安である。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』から40年、我々は知らない間に世界の先進国中で最貧国になってしまった。

小さい頃よく迷子になった。なにかに夢中になっていると、あっという間に母親とはぐれてしまい、気がついたら一人取り残されていたということがよくある。そんな寂しさを社会全体で味わっているのが今の日本だろう。

内向きのコストカット競争ばかり繰り返していたら、知らぬ間にグローバル競争から取り残されてしまった。人件費もコストカットの対象で、給料は一向に増えず、子供にグローバル水準の教育を受けさせることもできないから、人材の国際競争力がなくなってしまった。

そんな中で、我々中高年にできることは、「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」だ。政治家もそうだが、ビジネスパーソンも、少しでも若い人たちが活躍できるよう、恋々とポストにしがみつくことなく、一刻も早く後進に道を譲るべきなのだと思う。

鈴木 洋仁 今年最も「お得な」一冊

お得な一冊です。

読んだ本、読んでいない本、知らなかった本・・・いろんな本とともに、あなたの、わたしの人生を振りかえるお供に最適です。

日本で出版される本の数は、どれくらい増えたのか? 売り上げは、この四半世紀で、どんな変化があったのか? いつ、どんな本が出ていたのか? わかりやすいグラフ・年表とともに、25年間の出版業界をわかった気になれます。

まとめたのは、長田年伸、川名潤、水戸部功、という、日本の装丁を支える3人です。2010年の『これからの「正義」の話をしよう』(マイケル・サンデル著、鬼澤忍訳、早川書房)以降、「水戸部的なデザイン」が、ものすごく増えました。

個人的には、今年出してもらった『「三代目」スタディーズ』(青土社)の装丁を水戸部さんにお願いしたように、大の水戸部ファンなのですが、なぜ編集者たちは、これほどまでに「水戸部的なデザイン」を求めていたのでしょうか?

モノとしての本は、いつまでつづくのか? 出版業界の未来は? といった高尚な議論にもつながりますし、眺めているだけでも楽しい。

文化としてのブックデザインは、世界に誇れる、そう、思いなおさせてくれます。

田中 大輔 今年最も「ライフスタイルに取り入れようと思った」一冊

作者: ルビー・ウォリントン
出版社: 方丈社
発売日: 2021/10/29
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2021年はお酒とともにあった。そのせいか飲酒量と反比例するように読書量が減ってしまった。とにかく今年は積読が増えた1年だった。それゆえレビューもあまり書けていない。申し訳ない。これではいけない。そんなときにであったのが『飲まない生き方 ソバーキュリアス』だ。

ソバーキュリアスは、自分の意思で、あえてお酒を飲まないことを選択するライフスタイルのことだ。コロナの影響で、今年はフジロックをはじめ、様々な場面でアルコール提供が禁止された。そこで意外とお酒がなくても人生楽しめる!ということに気がついた人も多いのではないだろうか。

お酒をやめるとどうなるのか? お金が貯まる。使える時間が増える。睡眠の質があがる。メリットしかない。失うものはただ一つ二日酔いだけ。確かに! ソバーキュリアスは人生を豊かにしてくれる気はする。一番ハマっている趣味が日本酒なので、いまはお酒のない生活は考えられない。なので、間をとって来年からは、週1~2日はソバーキュリアスデーとして、飲まない日を設けて本を読もうと思う。休肝日じゃなくてソバーキュリアス。言葉の響きもなんだかいい感じ。

吉村 博光 今年最も「存在の有限性を感じた」一冊

作者: 吉田 智彦
出版社: 山と渓谷社
発売日: 2021/9/18
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昨年に続いて今年もコロナに苦しめられた年だった。コロナ禍によって数年前倒しで業界課題が表面化した、という話を各所で耳にしてきた。でも私がこの『山小屋クライシス』を読んで得たのは「これまでが特殊だった」という視点である。高度経済成長期の特殊な環境下でルールが作られた業界は、このままではもはや存在すら許されなくなるのではないか。

本書は、一般的な山小屋の諸問題を列挙し、日米英の国立公園の歴史的な経緯にも触れている。主たる舞台は北アルプスだ。登山ブームで首都圏や名阪から登山客が押し寄せ、お金を落とした地域である。その時代にルールが作られ、「登山道の整備」などの重い公益的な役割を担いながら、民営の山小屋は経営を続けてきた。今は登山客が減り人員や物流の確保に困難をきたしている。

ヘリによる山小屋への物資輸送が滞った問題は、ニュースにもなった。その経緯は本書にも詳しい。ドクターヘリなど社会的な要請が高いほうに人も期待も流れる。結果、わずかな機体の故障が致命傷になった。山小屋を守ろうとする人々の思いが、紙の本を守ろうとする人々の思いと重なった。当たり前だったものが存在し続けるかどうか、今はその瀬戸際だ。

新井 文月 今年最も「本物に触れた」一冊

作者: 李 禹煥
出版社: みすず書房
発売日: 2021/5/18
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芸術家として国際的に活動する李禹煥(リ・ウファン)によるエッセイだ。

著者は韓国で生まれ、活動拠点を日本へ移し、1970年代からは「もの派」の中心として活動してきた。世界中のビエンナーレに出展し、アンディ・ウォーホルやヨーゼフ・ボイスなどアート史に痕跡を残す作家達との交流を経て、ヴェルサイユ宮殿の彫刻プロジェクトも手がける現役アーティストである。

2020年に森美術館で開催された『STARS展』でも記憶に新しい。巨大なキャンバスにグラデーションがかった1本の線だけの作品。巨大な天然石がひび割れたガラスの上に乗りるインスタレーションなどが彼の作品である。実際にそれらの作品と対峙してみると、驚きと静寂、緊張と安心など相反する感情が込み上げてくる。

エッセイはデッサンなど美術に関する事例もあれば、旅先での感想や、コロナ禍の状況など身近なテーマだ。 ただ、その根本は二項対立構造を論じているように思える。名作というのは、この両義性のはざまで起こる何かの存在が魅力的なのかもしれない。著者の作品に魅入ってしまうのも、それを体現しているからだろう。偉大な作品の想像力の出処は、自己を越えてもっと深く大きい。著者は内なる情熱を言語化できる能力に長けているため、本物の芸術そのままを体感できる。

栗下 直也 今年最も「脚本家・三谷幸喜氏に感謝した」一冊

作者: 細川 重男
出版社: 朝日新聞出版
発売日: 2021/11/12
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2012年に発刊された『頼朝の武士団』(洋泉社)は歴史好きの間では奇書で知られる。源頼朝の人心掌握の手練手管を鮮やかに描いているのだが、奇書扱いされるのは、文献の超訳にある。

「ガラガラ声のクセに。このハゲ」、「クソ親父! オレたちを騙して、ダチを殺させたな!」のようにチンピラ丸出しのセリフが並ぶ。好みは分かれるだろうが、御家人たちを暴力団員に例えることで、鎌倉幕府が義理と人情で成立していた一面を浮かび上がらせている。

私はたまに読み返していたのだが、過去の引っ越しの際に行方不明に。中古で買い求めたら新書なのに8000-9000円で推移しており、下がっても5000円程度。とても手が出ないと嘆いていたところ11月に復刊された。

版元の朝日新聞出版、よくやったという感じだが、この復刊は副題に「鎌倉殿」と加わっていることからもわかるように、来年の大河ドラマが『鎌倉殿の13人』である影響が色濃い。と、いうことは脚本担当の三谷幸喜氏、よくやったとなるのだろうとか思ったが、さかのぼればNHKよくやったなのか。

さすが、皆様のNHK。ありがとうございます。とりあえず、受信料は払っている。

鰐部 祥平 今年最も「国際情勢の厳しさを感じた」一冊

作者: H・R・マクマスター
出版社: 日本経済新聞出版
発売日: 2021/8/21
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国際情勢は厳しさを増している。中国の戦狼外交は近年、周辺諸国に緊張をもたらし、ロシアは、この年末にウクライナ国境付近に軍を集結。年明けにも軍事作戦を行うのではとの憶測をよんでいる。ここ数年で顕著になりつつある、国際的な緊張関係をわかりやすく分析した著作が本書『戦場としての世界』だ。

著者H・R・マクマスターは米陸軍士官学校を卒業後34年間陸軍に勤務し中将で退官。2017年から2018年にかけて、国家安全保障担当大統領補佐官として国際情勢の変化に対応してきた経歴の持ち主だ。

著者はなぜ現在のような厳しい国際情勢が生まれたのかを、アメリカの「戦略的ナルシシズム」に起因すると分析。これに変わるものとして戦略的エンパシー(共感力)を提唱し、ライバルや競争相手の利益が何であるかを識別するだけではなく、彼らを駆り立て、制約している感情や野心、イデオロギーについて徹底的に検討していく。それは二千年前の孫子が唱えた「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という戦略思想の復権でもある。

このような戦略的アプローチにより著者は、ロシア、中国、イラン、中東などの国や地域が自由主義陣営に行っているテロ、SNSを駆使した選挙妨害と社会の分極化、電気や水道といったインフラ施設へのハッキング攻撃等の「ハイブリット戦争」の実態を暴いていくのである。またこの分析により私たちの社会がこのようなハイブリット攻撃にいかに惰弱であるかを示していくのだ。

中野 亜海 今年最も「作家やばいを感じた」一冊

作者: 田辺 聖子
出版社: 文藝春秋; New版
発売日: 2021/12/3
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本人の死後日記が出版されるーー。「田辺聖子 一八歳の日の記録」が出版されたが、私だったら日記が公表されたら死後だろうとなんだろうとつらい。と思いながら読み始めたけど、参りました! 日記が商業レベルってどういうことなのか。

田辺聖子は、自分の日記をよく自伝的小説の資料として使っていたそうだ。巻末の解説で、梯久美子さんが、小説と日記を比べてくれていたが、ほぼそのままの文章だった。登場人物の会話、語彙力、そして圧倒的に読みやすい語り口などなど、田辺聖子はすでに18歳のときに発揮されていたのだ。
なんでこんなにすごい文章なのか、という謎はすぐ解けた。田辺聖子自身が、日記を作家になるための訓練の場とみなして書いていたからだ。「勉強と日記は同じくらい大切だからちゃんもやらないと」という目標設定が何度も出てくる。そうか、日記って作家になるための訓練だったのか……!

田辺聖子は、「こんな女子高生いるのか」というくらい自分と他人の間の線をスパッと引いて、冷徹な眼差しで世の中を見ている。でも、ひとりよがりにならない暖かい知性もある。「学校の作文には重要性を認めていない」とか「従姉妹は親切でいい子だけど考え方に筋がないから多分生活が曲がるだろう」とか、こんなに「他人」という対象物を捉えて鮮やかに描き出せる能力はすごい。多感な時期に物が見えすぎるのは辛かったろうとも思うが、本人はなかなか楽しそうに人生を謳歌してるのもかっこいい。

驚いたのは、田辺聖子が本当は国文学者になりたかったことだ。彼女は後に日本の古典を題材に大量の本を書くが、それも10代の時に決めていたことと関連する。

この日記の10年後に彼女は作家としてデビューし、22年後に芥川賞を取って大ブレイクする。しかし何年後だろうと、ここには、将来の大作家、田辺聖子の全てが詰まっている。18歳からすでに大作家だった田辺聖子のさもありなん日記、天才を読みたい人におすすめです。

麻木 久仁子 今年最も「妙な元気が湧いた」一冊

作者: 清水 克行
出版社: 新潮社
発売日: 2021/6/17
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で?オミクロン株はどうなるんですかね。来年コロナはどうなるんだろう。こんな状態が2年も続くとは思いもせず、少々へたばっている。コロナで打撃を受けた業界はたくさんあると思うが、芸能界も然りで、なにしろ「集まっちゃいかん」というのだから、人を集めてナンボの業界はたまったものではないのだ。そんなこんなでいろいろとゲンナリすることが多い昨今、よりによって愛犬にも旅立たれ、近頃我ながら元気がなかった。そんなときに元気をくれたのがこの本である。

内容は仲野徹先生もHONZでレビューしておられるので詳しくはそちらをご覧いただくとして。とにかく中世の人々の逞しさがすごい。日本の歴史の中に、こんな時代があったのである。往時はとにかく何もかもが自己責任、究極の自力救済社会だ。どんなトラブルも「公正公平な第三者機関による救済」というものが存在しない世の中なのだから、やられたら自力でやり返す。なんならやられる前にやる。お上が押し付けてくるルールより、俺様のルール、村の掟のほうが上。それで初めて生き延びられる、そんな社会なのだ。

そこで生きる人々のパワーは凄まじい。罵詈雑言ひとつ浴びせかけるにもボキャブラリー豊か。昨今のネットの暴言などまるで独創性がないなと思わせる。当時は山や川、海、耕作地などの自然から直接生きる糧を得ているので、そうした利権にまつわる村と村の戦いも壮絶だ。あまたの戦死者を出すような戦いを何十年も繰り返していたり。「男女間のもつれ」への対処法もすごい。仲間を募って大勢で襲撃とか。絶対許せないやつへの呪いの掛け方とか。まさにアナーキーでハードボイルドなのだ。

読んでいるうちに、なんだか妙な元気が湧いてきた。来年が良い年になるのかどうなのか知らないが。コロナはおさまっても、日本社会はまだまだ痛み続けるような嫌な予感もする中で。中世人の生き様を見て、「よっしゃ、もうなんでもどんとこい!」と、なんだか威勢が良くなってしまった。

カラ元気かもしれませんが。格差が広がり、経済的にもシュリンクし続け、フェアネスが軽んじられることにどんどんと慣らされていく今日この頃。生きていくには中世人メンタルが必要な時代になっちゃうのかもねと。そんなわけで「疲れてるな」って思っている人に特におすすめです。

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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!