栗下 直也 今年最も「尾崎豊を思い出した」一冊
今年は元号が令和にかわったが、平成どころか昭和っぽいタイトルがいい。「タイトル推しかよ」と指摘されそうだが、本書は10年間にわたり、ヤンキーの声を拾い続けた労作である。
20人以上の沖縄のヤンキーが登場するが、彼らは血縁集団や地域社会から、はじかれてしまった存在だ。ヤンキーたちを通して見えるのは、先輩後輩の関係を核とした共同体が沖縄の下層の経済を支える強固なネットワークとして機能している現実だ。何の資本も持たない彼らが生きるには、その共同体に縛られ、息苦しさを感じながらも、仕事も遊びも情報も頼らざるを得ない。
社会学者の著者は彼らと日常生活を送ることで、本音を引き出そうとする。文字通り、行動をともにしているところが本書の最大の読みどころだろう。
メンバーの「パシリ(下働き)」として、たまり場に入り浸る。買い物に走らされることもあれば、機嫌が悪いメンバーには理不尽に蹴られたり、殴られたり。バイクに暴走族 のステッカーを貼り、一緒に暴走し、警官とにらみ合うこともある。そこまでやるか、すさまじいぞ、研究者根性、あっぱれ。もう、盗んだバイクで走り出しかねない勢いではないかと唸らされた。と、字数の制限もあるのでまとめようと思ったが、「盗んだバイクで走り出す」って令和にはさすがに賞味期限切れか。
西野 智紀 今年最も「気持ちの入った」一冊
昨年末、信頼する友人から、「あなたの書評はあなたの顔が見えにくい」と指摘された。私にとってそれまで書評とは、その本の要約・紹介がメインであって、自分の感想は不要、書くとしてもオマケ程度でいいと考えていたので、ちょっと面食ってしまった。
ともあれ、本懐は書評した本がたくさん売れることにある。パーソナリティが参考になるのなら、四の五の言わずまずは試してみるべきか。というわけで、媒体を問わず、今年書いた書評の大半に、私自身の感想や意見を意識して盛り込んでみた。奏功しているかどうかは読者に委ねる。
その中でも、個人的に気に入っているのが本書『デジタル・ミニマリスト』のレビューだ。人に見られる文章を書こうとするとつい背伸びしたり冗長になったりして失敗しがちなのだが、この記事はかなり血肉の通ったものになったと自負している。日がな一日SNSに傾注するよりも、現実の人間関係で深い喜びを見出すべきというデジタル・ミニマリズムの哲学にも何やら救われる思いがした。
書評を書く行為は、読み手に情報を提供するのみならず、他ならぬ自分の心に本を繋ぎ止めておくアウトプットである。一年間トライしてみて、今はそんなふうに考えている。
鰐部 祥平 今年最も「骨太で、魅了された」一冊
アレグサンダー・ハミルトン。アメリカ憲法の実際の起草者にして、初代財務長官を務め、決闘により死亡するという数奇な運命をたどった男だ。アメリカの金融、産業、常備軍の制度を設計した男でもある。また、アメリカ建国の父たちの多くが、自由主義を標榜しつつも、奴隷経済の上で巨万の富を築いていたときに、真っ向から奴隷制に反対し、具体的な奴隷解放計画を提案するという、勇気を持ち合わせてもいた。
英領西インド諸島で最底辺の身分に生まれ10代の頃には、孤児になるという不遇をかこちつつも、アメリカ独立戦争の英雄となり、政治家としても大成していく、その姿は読んでいる者を魅了し興奮させる。一方でアメリカ建国の思想的基盤を作った男が、何を考え行動したかを知ることは、今のアメリカの分裂と混乱の原点を見つめる行為でもある。
『サピエンス全史』の著者ユヴァル・ノア・ハラリは、急速に発展するテクノロジーや科学に対して既存の「物語」が機能不全に陥っていることが、現代社会の混乱の原因だと説いている。宗教、自由主義、民主主義、資本主義、ナショナリズム、共産主義、そのどれもが崩れつつある。一方で、人類は新たな物語を紡ぐことができないでいる。ハミルトンの思想も機能不全を起こしているかとは間違いない。だが革命によって生まれたこの国の基盤を知り、物語を正しく再編すれば、まだまだ、私たちに必要な物語となる可能性も秘めている。
アーヤ藍 今年最も「熱い告白に出会った」一冊
「同性愛者であることが犯罪になる」国が世界にあることは、ニュースなどでも取り上げられ、ご存知の方も多いでしょう。しかし、その人たちがどんな気持ちで恋をし、どんな恐怖にさらされ、どんな風にその「愛」の感情と向き合うのかは、なかなか報道だけでは想像しきれないものです。
本書は革命後のイランを舞台に、恋に落ちた少女たちの物語。イランでも、同性愛は「犯罪」とされ、「罪」を認めなければ、死罪にもなりえます。
そのことを頭ではわかっていても、恋情は理屈とは関係なく芽生えるもの…。秘密裏に愛情を育んでいく二人の純粋なやりとりに胸をときめかせられるのも束の間。国や政治、時代の波に、二人は翻弄されていきます。
著者のデボラ・エリスは、難民キャンプなどで聞いた体験談をもとに「物語」を書いていて、本書も実在のモデルがいるとのこと。実際に起きたことだと認めたくはないほど衝撃の結末ですが…。
しかし、それだけ周囲から否定され、引き裂かれても、それでも自ら“選択”し続けた「愛」の告白の言葉は、とても美しく、力強く、研ぎ澄まされていました。気になった方はぜひお読みください(笑)。
ちなみに、同じ著者の書籍を基にした、アフガニスタンの少女のアニメ映画『ブレッドウィナー』も好評上映中です!(私アーヤも劇場公開のお手伝いをしております!)
澤畑 塁 今年最も「いまかいまかと待っていた」一冊
「この5年で読んだ本のうち、最も刺激的だった本は何か」と問われたら、わたしは迷うことなくスティーブン・ピンカーの『暴力の人類史』を挙げる。そして、「この1年で最も待ち焦がれていた本は何か」と問われたら、躊躇なくピンカーの『21世紀の啓蒙』を挙げよう。そう、本当に待ち焦がれていましたよ。
『21世紀の啓蒙』は、内容的に言って『暴力の人類史』の延長線上にあるものである。理性や知識といったものがとかく軽視されがちなこの時世において、啓蒙主義の功績を見直し、その理念(理性、科学、ヒューマニズム、進歩)をあらためて擁護しようというのである。紙幅が最も多く割かれているのは「進歩」の部分で、いまこのときが(啓蒙主義のおかげで)かつてないほど豊かで、平和で、安全で、自由で、平等な時代であることが圧倒的な証拠とともに説かれている。
ところで、『暴力の人類史』もそうであったが、ピンカーの著書は最終節がじつに感動的だ。上下巻にわたる長くバラエティに富んだ旅を終えて、最後に遥々と見渡せる風景。読者にそんな風景を見せることができるのは、ずば抜けた文才に恵まれたピンカーならではだろう。この冬休み、あなたもちょっと長い旅に出てみるのはどうだろうか。Bon voyage!
成毛 眞 今年最も「優れた改訂版の」一冊
ついに名著『コンテナ物語』の改訂版が登場した。12年ぶりのことだ。本書は非常に優れたイノベーター、デファクトスタンダード、キャズム、ロジスティクス、グローバルサプライチェーンの教科書であり、すぐれて興奮を押さえきれないヒューマンなノンフィクションでもある。
現在の世界的な低インフレ傾向は各国中央銀行による金融政策だけによってもたらされたものではない。むしろ低賃金労働の提供で発展を目指す東南アジア、制度的資本集約が可能な中国や韓国などによって安価な製品が世界中にばらまかれたことによる。
それを担保したのがコンテナ輸送だった。中国や東南アジアの奥地にある生産拠点から、アメリカ中西部の町などの小さな消費地まで、貨物を一切積み替えることなくコンテナ一本で配送されるからこそ、安価な製品が世界中に溢れたのだ。そのためにはコンテナの規格がグローバル・スタンダードである必要があり、貨物船からトラック、貨物ヤードまで規格に合致させる必要がある。
全世界で何兆円ものコンテナ物流投資が行われてきた。 そのコンテナがたった一人の男によって発明されたことを知る人は少ない。海運革命という狭い視点でこの本を読んではいけない。本書はすべてのスタートアップ経営者にこそ読まれるべき一冊だ。
仲尾 夏樹 今年最も「ノンフィクションを普段読まない人に勧めた」一冊
HONZの話をすると「普段小説しか読まないのですが、何かオススメのノンフィクションはありますか?」と聞かれることがある。親しい人ならば、その人の趣味嗜好に合わせて提案できるが、そうではない場合少し難しい。料理をしない人にレシピ本を勧めても読まないだろうし、スポーツをしない人に筋トレ本を渡しても使わないだろう。何より「普段小説しか読まない人」にとって、ストーリーがないものを読み進めるのは大変なことだ(かつて私がそうだった)
そこで、今年最も人に勧めていたのが本書だ。本書は、ヒト型ロボットベンチャーSCHAFT(シャフト)をGoogleへ売却した、加藤崇さんの次なる挑戦の物語だ。彼は、インフラの劣化を予測するAIベンチャー、Fracta(フラクタ)をシリコンバレーで創業した。文化の異なるアメリカでの交渉にてこずったり、事業内容の変更を迫られたりなど、小説のように次から次へと問題が起きる。だが、どんな状況でも加藤さんは熱く、決して諦めない。
本書は288ページあるが、あっという間に読めてしまう。どうしてこんなに読ませる文章を書くのだろうと思ったが、加藤さんは文章へのこだわりが人一倍強かった。添削のために部下のメールをプリントアウトし、赤ペンを入れて返すこともあるそうだ。そしてもうひとつ、読む前に気になったのが、アメリカで起業した理由である。詳しくはぜひ本文を読んでほしいが、日本の未来を考えての行動だった。この本はFractaがある成功を収めて終わるが、加藤さんの挑戦はまだまだ続く。気になる方は日刊工業新聞や新潮社フォーサイトで続きを読むことができる。
首藤 淳哉 今年最も「恐れ入った」一冊
「栴檀は双葉より芳し」とはまさにこのことかもしれません。まなちゃんが本好きであることは耳にしていましたが、まさかこれほどとは!舌を巻いたのは、本の要約の仕方です。たとえば森鴎外の『高瀬舟』。
『高瀬舟』は、江戸時代の貧しい兄弟の間に起こった「安楽死」をテーマにしたお話です。苦しがる弟をかわいそうに思った兄が、弟の自殺を手伝ってあげる。現代でいう「安楽死」をさせてあげるのです。でも、その結果、兄は弟を殺した罪に問われて、島流しになってしまいます。
実にシンプルです。お見事!
この作品を読んで、まなちゃんは生まれて初めて「安楽死」について深く考えたそう。そして日本文学をもっともっと読みたいと思ったそうです。
ある本をきっかけに別の本へと関心が広がっていく。本が本を呼ぶ幸福な循環が起き始めると、読書はますます楽しくなるもの。本書にはそのプロセスがいきいきと記されています。素晴らしいブックガイドにもなっているので、特に小中学生の冬休みにはおすすめの一冊です。
それにしても弱冠15歳にしてこの読書量と文章力。恐れ入りました。まなちゃんはノンフィクションも好きとのこと。いつの日かHONZにも参加してくれないかなぁ。